+苗木誠の赦在+






会いたくない、と日向を経由して伝えられた狛枝の言葉による衝撃は存外大きかったようだ。
「前向きであること」が唯一の取り柄といっていい苗木がその言葉に囚われていることがいい証拠だ。
今、苗木は与えられたコテージに戻り、備え付けのベッドに横になっていた。
左右田のいる所──皆の眠っている遺跡へきたはいいけれど、あまりの様子のおかしさに追い返されたのだ。
邪魔だから、というわけではなく、それは左右田の優しさだった。
ゆっくり休めよ、という言葉を貰って部屋に戻った苗木は自身の中における友人、狛枝凪斗の存在の大きさを改めて思い知らされていた。

苗木の不調は、最後の定期連絡の時に狛枝からの拒絶を聞いてからだ。
それからというもの、顔色が悪い、ちゃんと寝ているか、いつもと違う等の幾つもの言葉──その響きや言葉は違おうとそのどれもが苗木を案じるものであった──を同じ未来機関の仲間たちから受けている。
今回、この島に来ることについても朝日奈や十神などを始めとした殆どの者は難色を示していた。
朝日奈や十神、同じ十四支部の仲間は純粋に苗木の身を案じていたが、未来機関が渋ったのは苗木というよりも『超高校級の希望』を案じてのことである。
苗木が自身をどう思っていようが、未来機関にとっては、数少ないコロシアイ学園生活の生き残りであり、貴重な『超高校級の希望』である。
それが絶望の残党と呼ばれるものたちとの接触によって傷つけられでもしたら──ということらしい。
それを押し切ってここに来たのは、苗木自身が望んだことであったがそれも霧切と葉隠の後押しがあってのことだ。
霧切は島に来ることで何かあったとしてもそれが苗木自身のためになると考えていたようであったし、葉隠も自身の占いで苗木が島にいったほうがいいと出た!といって笑っていた。
苗木たち七八期生と、日向をのぞいた七六期生は、入学した年に二年の開きがあるとはいえ一応全員知っている中だ。
一学年二十人に満たないクラス数だったのだ、五期にわかれているとはいえ大概の生徒同士面識はあった。
その中でも苗木と狛枝の関係が友人であることは仲間にも、機関においても認知されている。
その仲がどれほどのものであるか、二人が在学中どのような関係を築いていたか、ということを知っているものは少なくない。
しかし、互いが互いをどう思っていたかということについて、多分正しくしっているものはいない。
──同じ七八期生だった霧切や十神はなんとなく気づいていたのかもしれないが。
会いたいか、と問われれば勿論会いたい。しかし、狛枝が望まない以上会いにいくのも憚られる。
そして今、逆に同じ島内にいることに苗木は緊張していた──会いたいのに、会いたくない。
皆の反対を押し切ってきたくせに情けない、とは思うのだが、日向や左右田など島の皆にあうことも大事なことだ。そう、自分自身に言い訳をするように。
今日は皆の厚意に甘えて、ゆっくり休んで…明日からまたがんばろう、と瞳を閉じる。
しかし、廻る思考は無意識に狛枝へと辿りつく。
聞きたいことがたくさんある。
言いたいこともまた。
たとえ狛枝が望んでいたとしても、いつまでも会わないということは許されないだろう。
そのときまでに自分がどうしたいのかはっきりさせるべきだと苗木は思っていた。

「………」
考えているうちにいつしか眠っていたらしい。
結構寝たような気もするが、まだ外は明るい。情けないなあ、と思いながら、身体を起こす。
部屋にいても出口のない思考の迷路に入り込むだけだ。同じようにぐるぐると考えこむよりは、と苗木は外に出ることにした。
コテージから出ると気持ちのいい風が吹いている。
今日、病院にいくことは苗木には許されていない。左右田のところに戻っても多分また追い返されてしまうだろう。
どこにいこうか、…眺めのいいところはどこだろう。と考えて、苗木の頭には幾つかの場所が思い浮かんだ。
その候補を、様々な理由を挙げ連ね徐々に絞っていく。
結局、苗木は思い浮かべた場所の中で一番近い所へと足を向けた。

階段をのぼって窓を開ける。
目の前に広がる青空を見て苗木は無意識に詰めていた息を吐いた。
多分、心の準備がちゃんとできていないのにばったり再会、などということが起こったらと無意識のうちに考えていたからだろう。
ホテルの二階から見る景色は流石南国というべきか、海や空がとてもキレイだ。
苗木が身を寄せたのはコテージ近くのホテルであった。
ここならば皆が帰ってきた時に出迎えもできるし、と思って苗木は窓に一番近い椅子に腰を下ろす。
今日の島への訪問は狛枝のためにきたようなものだった。
辺古山が起きたことで想定されていない予定が増えたものの特に忙しいことはないだろう。
霧切は何を話しただろう。狛枝は今どのような様子なのだろう。
無意識に浮かんだ思考に、苗木は頭を抱えて小さく笑う。
どうしたって、結局狛枝のことを考えてしまう──彼が目覚めた、と聞いた時から。
そして痛感する──苗木誠にとって狛枝凪斗が特別な存在だということを。
同時に彼がとてもやさしい人だということと自分自身をひどく軽視する人だということ。
そして、誰よりも自身の才能を盲信し、【希望】を求める人であるということを、苗木は今更ながらに思い出して、泣きたくなった。
違うと思いたい。だけど、多分全くの的外れではないはずだ。
その答えはきっと、『超高校級の探偵』霧切響子ですらまだたどり着けない。
狛枝の友人の『超高校級の幸運』であり、あの「コロシアイ学園生活」の生き残りであった『超高校級の希望』である苗木誠にしか理解できないだろう。
それに気づいたとき、苗木は先ほどまでの葛藤などなかったように自然と、会いに行かなきゃ、と思った。

椅子から立ち上がった瞬間に、階段を上がってくる音がした。
誰だろう、と思って体ごと視線を向けるとそこには今当に会いに行こうとしていた相手──狛枝凪斗の姿があった。
「…久しぶりだね、苗木クン」
狛枝は、会いたくない、とそう言ったのが嘘のようなきれいな笑顔を浮かべてみせた。
「うん、…久し振りだね」
覚悟をきめていたはずだった。それがたとえ狛枝からの拒絶だとしても、受け止めようと思っていた。
それなのに、狛枝の姿をみた瞬間にそんな決意はぐらりと揺らぐ。
感情の揺れを押し隠そうと、苗木は無理矢理笑顔をかえした。
しかし、そんな苗木の思惑とは異なり、狛枝は本当に嬉しそうに笑って苗木へと歩み寄る。
「うん、本当にボクはツイてるよ、苗木クンに会いたくてボクはここに来たんだ」
狛枝は、苗木の机を挟んで反対側の椅子に座る。
「…ね、ちょっと話そうよ」
先程まで苗木が座っていた椅子を狛枝は指さす。
狛枝の笑顔の奥の真意がよめない。
拒絶を言い渡されるとばかり思っていたから少しだけ拍子抜けしてしまったが、話がしたかったのは苗木も同じだ。
いいよ、と小さな声で了承して再び狛枝の指の先にあるその席に座った。
少しの間、沈黙が落ちる。
最悪のパターンも覚悟していたから、苗木の心中には安堵と懸念が渦巻いていた。
「苗木とは会わない」といったはずの狛枝は、「苗木に会いたくて」このレストランへと来た、といった。
狛枝が気まぐれで行動することなどないと、苗木は知っている。
彼の行動は大体において、自身の才能である【幸運】か彼の愛する【希望】に依るものであった。
基本的に、彼は彼の中で生み出される独自の考えによって動き、それには何らかの根拠がある。
だから今、狛枝が「苗木に会いに」レストランへ来たことにも、彼なりの理由があるはずだ。
そう思うからこそ「会いたくて」といった狛枝の真意がわからない以上、苗木は純粋に喜ぶことが出来ない。
沈黙を破ったのは、やはりというべきか、狛枝だった。
「どのくらいぶりかな。苗木クンと二人でこうして向かい合うの。あの時も苗木クンは今と一緒で泣きそうな顔してたよね」
「…」
「ごめんね。烏滸がましいかもしれないけれど…今キミを悲しませてるのはボクなんだよね」
狛枝のいう「あの時」は、狛枝が希望ヶ峰学園の生き残りの一人として未来機関に保護された時だ。
「元希望ヶ峰学園の生徒の保護」という名目で未来機関は面識もあり近い年代である苗木たちに、その聞き取り調査を託していた。
そして、その時の調査の過程で、保護をした生き残りの中に絶望の残党がいるということが発覚していった。
久々の再会を果たした生き残った生徒たちの中には、学園で平和な生活を送っていた時に親しくしている人もいた。
そうでなくても、面識はあったし、皆『超高校級』の名に恥じない素晴らしい才能を持つ人たちだった。
──だからこそ、彼らが絶望の一員だったと知った時苗木たちは強い衝撃を受けた。
彼らの中には信仰、盲信する『超高校級の絶望』江ノ島盾子の死の原因となった苗木たちを憎み罵倒するものもいた。
江ノ島の死に、絶望を感じ、歓喜するものもいた。
ただ、純然たる事実として受け止め、もっと強い絶望を望むものもいた。
そんな絶望の残党とされた生き残りの者たちの中で、狛枝の反応だけは明らかに他の者たちの反応とは異なるものだった。
狛枝はその聞き取りの相手として常に苗木を指名しており、罵倒どころか穏やかに苗木と昔の話をする狛枝を見て当初未来機関は特に注視していなかった。
しかし、恍惚と【希望】や「コロシアイ学園生活」について語り、『超高校級の希望』苗木に対してあまりにも異常な執着を見せる狛枝をみて、未来機関は徐々に考えを改め始める。
希望ヶ峰学園における日常生活に関する記憶は曖昧、それ以降──他の絶望の残党のことや彼らと共にいた理由に関しては支離滅裂な返答。
ただただ、苗木に【希望】と『超高校級の希望』に対しての思いを吐きだすばかりの狛枝を正常だと思える人間はいなかった。
そして、決定打は狛枝の左腕だった。『超高校級の絶望』江ノ島盾子の左腕。
どのような理由があったといえ、死んでしまった彼女の腕を自らの左腕につけることは異常である。
その行動を肯定するものなどおらず、結局狛枝は他の者たち同様に絶望の残党として認識された。
それから先、苗木は狛枝と会っていない。未来機関だけではなく、同じ支部の仲間からも十五人の聞き取りからは外されたからだった。
「だから、キミには会いたくなかった。ボクのせいで悲しい顔をするキミをみたくなかったんだ」
「…うそだ」
「苗木クン?」
苗木の唇から漏れたのは、狛枝の言葉への否定だった。
「会いたくない」といった理由のうちの一つには、狛枝のいった理由も含まれているだろう。
自惚れかも知れないが、それを肯定してしまえるぐらいには、狛枝も苗木を特別に思ってくれていたと苗木は思っている。
だけど、その真意はもっと別のところにあると、苗木は思っている。
それは、単に苗木の知る狛枝凪斗という人はそんな一般的な感情で動く人じゃない、と知っているからだ。
本当にそれが理由だったとしたら、彼が会わないことを選択するような人だとは思わない。
寧ろ、彼は自ら会いに来るだろう。そこからどういう行動を起こすかまでは、読めないけれど。
基本的に、彼は自分の感情に対して真正直な性質だ。
嫌いになったから、会いたくないと言われたほうがまだ納得できる。
しかし、それこそ烏滸がましいことだが、狛枝が苗木を嫌ったわけではない、と苗木は思っていた。
日向はかつての苗木と狛枝の関係を知らない。
だからこそそんな日向の話ぶりと、何より今目の前にいる狛枝の様子から、嫌いだから、会いたくないといっているわけではない、と思ったのだ。
「…本当は、そんな理由じゃないよね?」
「苗木クン、本当だよ。ボクは──」
「嘘」
悲しそうに笑う狛枝の顔に、騙されたくなる。
与えられる甘く優しい嘘に誤魔化されたくなる。
だけどそれではダメだ。狛枝の──何より苗木自身のためにも、先に進まねばならない。
「…、ボクはみてたよ。狛枝クンたちのこと」
「…」
「【希望】になりたい、って言ったよね」
「あれは本気じゃないよ。…ねぇ、苗木クン。ボクはボクみたいなゴミクズみたいな人間が希望になれるなんてそんなだいそれたことを思ったわけじゃない。ただ、最期にああいえば──」
「嘘だ!」
諭すように、言い聞かせるように狛枝は言葉を一つ一つ丁寧に紡ぐ。
それを聞きたくなくて、殆ど叫ぶようにして苗木はその言葉を断ち切った。
「狛枝クンは知ってたはずだ。あれが現実じゃないって。だからこそ、ああやってゲーム内での死を選んだ。多分目覚めることまで計算済みで」
「っボクはそんなできた人間じゃない。あの時はアレがボクの現実だった。現実だと思って、ボクは死を選んだ。それが本当の絶対的な【希望】の誕生の切欠になると信じて。せめて踏み台になれればいいと思って。…苗木クンは買い被りすぎだよ。ボクみたいなカスのような才能で希望になれるなんてそんな烏滸がましいこと考えるわけないじゃない」
「キミぐらい頭が回る人なら、それぐらい理解できたってボクは思ってる。…キミが信じるのは【希望】とキミ自身の才能だ。【希望】のために、なんでもするっていうキミ自身が本当は【希望】になりかったんでしょう。たとえ現実でなくても自分自身の死が、キミの望む【希望】を引き寄せるってわかってたから、キミは死を選んだ。自分自身が【希望】になるために」
「あっははははははははははは!やめてよね?ねぇ、苗木クン。ボクのゴミクズみたいな才能でどうやって【希望】になれるっていうの。なれるわけないじゃないか!」
穏やかに苗木の言葉に反論していた狛枝は、まるで苗木の言葉でスイッチが切り替わったかのようにいきなり立ち上がり、狂ったように笑い始めた。
先程までの悲しげな笑顔が嘘だったように狛枝は嗤う。その目にはぐるぐると狂気の混じった色が浮かんでいた。
苗木は、その瞳の色に見覚えがあった。
それは、苗木が狛枝の面談相手として二人で話していた時、狛枝の瞳に時折映っていた色である。
──そしてそれは、あの「コロシアイ学園生活」において『超高校級の絶望』として姿を現した江ノ島盾子の瞳の色によく似ていた。
がりがりと右腕で頭を掻き毟りながら、狛枝は笑う。
「ボクは知ってる。ボクの才能は【希望】になんてなれるような才能じゃない。不運を代償にしか訪れない、出来損ないの幸運が【希望】になれるはずがない」
「それでも!」
流れるような狛枝の言葉の途中、苗木は椅子から勢いよく立ち上がった。
そして、ただ真摯に自分の思いを伝えようと口を開く。
「キミは先の不運が大きければ大きいほど、おとずれる幸運も大きくなるっていってたよね」
「そうだね、でもそれに何の関係があるの?どんな幸運が訪れようが、結局運に頼るしかない不確定な才能だ」
「…でも、そんな風にキミはキミの才能を何より信じてる。多分…あそこにいた誰よりも狛枝クンは自分の才能を信じてた」
「信じるしかないじゃない?どんなにクズみたいな才能であっても、それがボクの持って生まれた才能だ。犠牲がないと幸運が訪れない。その犠牲が大きければ大きいほど、より大きな幸運が訪ずれる、ってね。希望も一緒だ。先の絶望が大きければ大きいほど、大きな希望が訪れる。犠牲がなければ絶対的な希望は生まれない。じゃあ、犠牲を作り出せばいい。あそこでの一番の絶望って何かって考えたら、ボクも含めた絶望の残党の生き残りだ。それら全ての犠牲で、より大きな希望が生まれるのであれば、ボクは命さえ惜しくない」
「…だけど、キミはずっと、【希望】になりたがってたんだ。…だからこそ、ボクに会いに来たんだよね」
捲し立てるような狛枝の一方的な主張を苗木は、静かに遮る。
その言葉に狛枝はぴたり、と口を止めた。
その表情は、まるで苗木の言葉を待っているようにも、恐れているようにも見えた。
「ボクが『超高校級の希望』と呼ばれているから」
「…」
「…今のキミがボクを【希望】として認めてくれているか、なんてきかないよ。ボク自身、自分を『超高校級の希望』だなんて思ったことは殆どないし」
苗木は狛枝の瞳を正面から見据える。
「でも、ボクは今『超高校級の希望』と呼ばれている」
二人の【希望】はそれぞれの本質が異なっている。
今の狛枝がどう考えているかは知らないが、きっとあの時の話と大きな差異はないだろう。
ここに今、狛枝がいること。それ自体が、狛枝が苗木のことを『超高校級の希望』と認めている証拠でもあった。
「…キミは、いったよね。大きな絶望を喰らって、希望は成長するって」
「…そう、だね」
狛枝の表情は固い。返す言葉もまた、固いものだった。
「同じように、小さな希望は大きな希望にのまれてしまうって。そして、残るのは狛枝クンのいう絶対的な【希望】だよね」
苗木は狛枝自身が口にしていた言葉を辿りながら、答えへと向かう。
自分自身でも、噛み締めるように。確かめるように。
「…だから、狛枝クンは、ボクという【希望】を試すためにここにきたんだ」
そういって、ふわりと苗木は微笑んだ。
「…こう考えると、本当、自惚れかも知れないけどさ…本当は、あの時も狛枝クンはボクを試そうとしてたんだろうけど、出来なかったんじゃないのかな」
「…」
「まだ、ボクらが一緒にいた頃に、狛枝クンはいったよね、「キミを守るよ」って」
同じ『超高校級の幸運』であっても、正真正銘の【幸運】を持つ狛枝とは違い、苗木はあまりにも普通の高校生だった。
だからこそ、普通予備学科の者たちに絡まれたり、諍いに巻き込まれたりと不運に見舞われる事が多かった。
しかし、持ち前の人徳か、大事になる前に大概は同じ七八期生や、仲の良い先輩などによって助けだされ事なきを得るのである。
それを見かねた狛枝が苗木に「守るよ」といったのは、いつのことだったか。
それから、狛枝は口約束にすぎないそれを大事に守ってくれていた。
たとえそれが苗木の不注意での怪我であっても、狛枝は「守ってあげられなくてごめんね」と申し訳なさそうに頭を下げた。
狛枝の責任ではない、といっても「約束したから」と笑う狛枝を、苗木は本当にやさしい人だとつくづく思ったものだった。
「…だから、狛枝クンは、ボクに会えなかった」
「は、ははははははは!」
掠れた笑い声。
狛枝は、声のトーンを上げて、言葉をぶつけるような口調で離す。
「ねえ、苗木クン。キミはボクを買いかぶってるよ。ボクはそんな良い人じゃない。キミも見てたよね?だから知ってるよね?ボクは【希望】のためならなんでもできる人間だよ?それがたとえ、運で選ばれたという【幸運】でも『超高校級』という冠のつけられた才能だったから優しくしてたんだ。キミはいつか【希望】になるための可能性の一つだった。それが踏みにじられるのが──」
「それは違うよ!」
「っ」
明朗とした、苗木の言弾が狛枝の語りを撃ち抜く。
「狛枝クン。キミは言ったよ。その程度でダメになるくらいの【希望】なんて価値がないって。…だから、本当に、そう思ってるのなら、キミはボクを見捨ててたはずだ」
「…違う」
「キミは優しい人だから、弱いボクを見捨てられなかっただけかもしれない。…でも、ボクは嬉しかったよ。狛枝クンが傍にいてくれて」
「ちがうよ、なえぎくん…」
「それとも、ボクの勘違いだったのかな…キミがボクのことを特別な友達だって、思ってくれてるって」
苗木の言葉を否定するように小さく違う、と呟きながら狛枝は頭に手をあてて左右に振る。
その顔には、まるで何かを耐えているような表情を浮かべていた。
「だから、ぼくは、きみが」
ぶつぶつと、小さく呟きながら、狛枝は頭を抑えている。
「…苗木クン、そうだ。ボクは…キミを…『超高校級の希望』を、超えようと、そう思ったんだ…」
狛枝の声を聞いて、泣きそうだ、と苗木は思う。泣かせているのは苗木自身だけれども。
「でも、キミを傷つけることなんて出来ない。だから諦めようと思った。…結局、キミの…【希望】のために、ボクはなにもできないんだって思ったら、会えないと思ったんだ」
すとん、と椅子に腰掛ける。その体は微かに震えており、狛枝は震えを抑えようとするためか、自身の体を抱きしめる。
「怖かった。ボクがキミを傷つけてしまうんじゃないかって。だから──」
「…ボクは、キミに傷つけられたって構わないって思ってる」
苗木の小さな呟きに、狛枝ははっと頭を上げた。
優しく笑う苗木をみて、狛枝は信じられない、という表情を浮かべる。
「苗木クン…?」
「言うのが遅れちゃったけど、目覚めてくれてありがとう、狛枝クン。ボクは、キミが生きていてくれて嬉しい。それがどんなかたちであっても、今、キミがここにいてくれることが嬉しいんだ」
「…っ」
狛枝は息を飲んで、一旦俯く。そして、再び顔を上げた時に、そこには喜びと、諦めを綯い交ぜにしたような複雑な感情が浮かんでいた。
「ありがとう、…苗木クンは、多分喜んでくれるって思ってたんだ。苗木クンは【希望】だから。だから、皆に対して平等だ…ボクだけが特別なんてそんな烏滸がましいこと考えてない。…でもね、あの時からずっと、ボクはキミが欲しかった。キミだけがボクの特別だった。キミが『超高校級の希望』になった時もずっとずっとキミを見てたよ。どんなキミであっても、ボクはキミが愛しい。…キミが思ってるような、優しい人間じゃないよ。ボクは、自分の欲に忠実なだけだ。キミの優しさにつけこんで、キミに認めてもらいたがってる最低な人間だ」
すっと、狛枝は椅子から立ち上がる。
そして、着ていたコートのポケットから何かをとりだした。
「苗木クンがボクを特別だと思ってくれてるって、知ってた。だけど、キミのためになにもできない自分が、ボクは許せないんだ」
にこりと笑って、狛枝はそれを苗木へと手渡す。
「だから、キミが、キミという【希望】がより輝くために、ボクという存在を、キミの手で消して欲しいんだ」
「…っ、」
「ねえ、苗木クン。きちんとボクを傷つけて。ちゃんと殺して。キミのさっきの言葉だけで、ボクは幸せだから。…ね、」
握らされた刃物に、苗木の瞳が揺れる。
視線が、自分の手の中に収められたものと、胸を指差して優しく笑う狛枝の間をうろうろと彷徨う。
「ねえ、苗木クン。ボクを特別だと思うのなら、キミの手で最期を頂戴?」
「っ、いやだ!」
がちゃん、と床へとナイフを落とす。しかし、狛枝はまるでゴミを拾うかのように拾い上げ、もう一度苗木の手に戻した。
「…ごめんね、苗木クンは優しいから、ボクみたいなゴミクズだとしても、殺すのイヤだよね、」
もう、口から出る制止の言葉さえ、狛枝には届かない。
狛枝の意思はもう固まっている。
【希望】になれないのなら、狛枝の夢見た【希望】である苗木の手によって、自らの生に終止符を打たれること。
その決意を止めることは出来ないのだろうか、と苗木は思う。
だけど、伝えたいことをまだ伝えていない。それが、狛枝を留める理由にはならないだろうけど、少しでも間を開けることができるならいい。
「…狛枝クン、どうして、そんなこというの。ボクはキミに会えて嬉しかった。キミは自分のことを【希望】じゃないっていうけれど、ボクにとっては【希望】だったんだよ」
「苗木クン、嘘でも、嬉しいよ」
「嘘じゃない、よ…ねえ、狛枝クン。生きてるって凄いことだよ。キミは今ここに生きてる。ボクは、キミにここにいて欲しいんだ」
震える声で、苗木は言葉を紡ぐ。抑えられている手が震える。
「さっきもいったよね、ボクにとって、狛枝クンは特別だ。大切な人だよ。だから、生きていて欲しい。ボクの、傍にいてほしい」
それは、天への祈りよりもずっと純粋で、誰かを呪うよりも一途な、願いだった。
生きていて欲しい。傍にいてほしい。
その、苗木の言葉に、狛枝は言葉を失う。
狛枝の手の力が緩んで、苗木の手から離れる。
その一瞬の間だった。
狛枝の目の前で、苗木は持っていた刃物を、狛枝ではなく、苗木自身に、突き立てた。
まるでスローモーションのように崩れ落ちる苗木の体を狛枝は抱きとめる。
「…っごめんね、でもボク、は、ボクを信じるっ…だから、狛枝クンは、              」
「苗木クン、喋らないで、っ」
「…や、く束して…ボク、は大丈夫だから、」
ね、と掠れた声で囁いて、苗木は意識を失った。













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