原因がなんだったのか、はじまりがいつだったのか。
考えたところで意味はないけれど、「何か」を考えていなければどうにかなりそうだった。
「超高校級の希望」と呼ばれるもうひとりの自分──カムクライズルへと意識を渡していれば楽になれたかもしれないけれど、それを誰よりも自分自身が許さなかった。
日向創は放っておけば最悪で最低な結果しか導かない脳内を様々な思考で塗り潰す。
どうしてこうなったのか。
これからどうなるのか。
止めることは出来なかったのか。
どうして、気づくことが出来なかったのか。
後悔や過程、仮定の溢れるぐるぐるとした頭には正常な思考などありはしない。
日向自身、結局先刻の現実から目を逸らしていたいだけだと気づいている──一方で無駄なことだと思いながら。
絶望に囚われたあの「コロシアイ生活」から脱出して、「未来」を切り開くために島内で仲間の目覚めを待っていた。
一人目覚めた時、皆で喜んだのは現実だ。
その時、自身の身が危険になろうとも協力してくれている未来機関の面々も一応一緒になって喜んでくれた。
しかし今、『超高校級の希望』の体現者であり今は未来機関に所属する彼──自分たちの恩人とも呼べるだろう苗木誠が現在生死の境を彷徨っていることも。
そして、それの原因となったものが仲間であり一番はやく目覚めた狛枝凪斗であるということも。
同じように紛れも無い現実であるということを日向創は認めていた。


「狛枝凪斗」が目覚めた、と通信機越しに苗木と霧切、十神──定期連絡のときに見る顔はこの三人が殆どだ。代表が苗木、霧切と十神は補佐的役割なのだろう──へと伝えた時の反応は三者三様だった。
苗木は純粋に嬉しそうに喜び、霧切は感情のよめないいつもの表情。十神は少しだけ眉を寄せて不機嫌そうな顔をした。
「一番最初に目覚めたのはやっぱり『超高校級の幸運』だからかしら。あそこでの生活が彼にとって【不運】であったならば、対比しておとずれるこれが一番最初に現実に目覚めるという【幸運】なのかしら」
「ふん、…狛枝のことだ。どうせ、苗木にあえることが自分の幸運だ、ぐらいいってのけるにきまってる」
「あはは…、…ねぇ日向クン狛枝クンの記憶は…」
雰囲気で一応霧切と十神も眠っていたうちの一人が目覚めたことを喜んでいるらしい、ということはわかる。
しかしながら、その顔と言葉からは「あの中でよりによってどうしてアレが」という本音が透けて見えた。
誰か目覚めるというのなら多分狛枝だろうと考えていたのかもしれない。
「ああ、あそこでの生活のことは殆ど覚えてるらしい。だけど、希望ヶ峰在学中についてはまだちょっと曖昧みたいだ」


目覚めてから狛枝と話したのは、主に「狛枝が死んだ後」のことだった。
七海の死、江ノ島との邂逅、未来機関の介入、そして今。
ゲーム内と理解して死を選んだという狛枝は、まずはじめに『超高校級の希望』と呼ばれる存在に自分がなれなかったという事実に落胆した。
狛枝の行動によって、七海は存在を消された。それは事実であり、日向にとって許しがたいことでもある。
しかし、彼は彼なりに信念を持って行動した。その行動が結果として絶望を撃ち砕くことに繋がっている。
「希望のための礎になりたい」といっていた狛枝の言葉は実現しているといえるだろう。
だが、狛枝にとってそれは望んでいたものとは違っていたらしい。彼の中にある希望の礎への考えとは違っていたのだろう。彼の希望に対する特殊思考は未だ日向には理解できない──理解しようとも思っていないが──ので、そこから始まってしまった狛枝の朗々とした希望への思いを半分受け流しながら聞いていた。
他の面々は狛枝自体が苦手──まああれで好き好んで狛枝の傍にいきたいというものがいれば見てみたいが──といって、話し相手を日向へと押し付けた。まあ、左右田や終里、九頭龍なんかは多分狛枝の話の途中で殴りかかりそうなきもするので、妥当な人選といえよう──しかし、他のものとすれば耐性があるとはいえ、この希望語りは聞いていて大分つらいものがある。いうなれば、興味のない宗教を延々と説かれている感覚に近いのかもしれない。
狛枝の希望への思い──それをきく途中で、日向はふと疑問に思った。
日向の知る『超高校級の希望』は二人いる。
希望ヶ峰学園の技術、叡智を駆使して創りあげた──日向にとってはもう一人の自分とも呼べる存在である──『超高校級の希望』カムクライズルと、先の希望ヶ峰学園におけるコロシアイ生活で生き残り、『超高校級の希望』と呼ばれるようになった苗木誠と。
狛枝の死後、二人共あの場にやってきたのだが、それは狛枝のいう【希望】とは異なるのだろうか。
率直にその疑問を投げかけると、狛枝は一瞬きょとんとした顔をして、笑った。
絶対的な希望はどんな絶望でも撃ち破ることができるものなのに、希望に成り得るかもしれない才能だけを抱えているくせに絶望に引き寄せられていたカムクライズルの『超高校級の希望』は、狛枝からいわせれば【希望】とは異なるということだ。そもそも【希望】は才能を以って「何を成したか」が大事なのに、才能だけで【希望】なんておかしい。付け加えると予備学科という全く才能のないものから無理矢理創りだされた才能なんて、狛枝の希望美学に反するらしい。よくわからない。日向は酷く貶されたように思ったが、納得できないこともないのでとりあえず頷いておいた。
狛枝もカムクライズルがもう一人の日向創と知っていたのだろう、最後に悪びれもせずに、「ああ、日向クンのことじゃないからね」と笑った。
じゃあ、苗木誠はどうなのだ、と問えば、満面の笑顔であのコロシアイ学園生活における彼は素晴らしいと口にした。出来れば、あの場にいて自分自身が彼を助け礎となりたかったとで言い出しはじめる始末だ。
彼の持つ性格や性質、人格、人徳…更にここぞという時に発揮される強運…そこから生まれるのが彼の持つ才能『超高校級の幸運』であり、それがあの結末を生み出したのだから、紛れもなく『超高校級の希望』といえる。とのことだ。
いろんな要因、妨害があるから…彼の【希望】によって起こる事象が必ずしもいい方向に転がるとは限らないけどね。でもそれで救われる人は確かにいるし…大局的にみれば結果オーライだからやっぱり【希望】だよ。という狛枝の言葉に納得してしまう。
今回のコロシアイ生活は江ノ島盾子の生み出した江ノ島アルターエゴが一番の原因だ。そしてそれを持ち込んだカムクライズルも要因の一つである。…だけど、それらを意図しなかったとはいえ、その舞台を用意したのは苗木だった。
彼は絶望に侵された日向たちを助けるために「新世界プログラム」を利用し、そこを江ノ島に狙われた。
結果としては、日向たち五人の生き残り組、狛枝みたいに目覚めたもの、未だ眠りから目覚めないもの…全員に何らかの【未来】という可能性を残しているということだから、狛枝のいうように結果オーライなのだろう。
苗木のお人好しとも呼べる「皆を助けたい」という考えがなければ、日向たち全員が絶望の残党として殺されている【未来】だってあったはずなのだから。
その後に取ってつけたように、今回のことについては日向クンも【希望】だよねぇ、いや寧ろ【未来】っていったほうがいいのかなと呟いた。
予備学科改め『超高校級の未来』日向創でいいんじゃない、と笑いながら呟いた狛枝は、一応日向のことを認めているらしい。
あのドッキリハウス以降における対応を思い出して、日向は改めて狛枝のことをめんどくさいやつだ、と認識し直した。
【希望】の話からこれからの話になった時、狛枝は未来機関の人間と会うことを──もっと言うならば、苗木誠と会うことを拒んだ。
狛枝の認める『超高校級の希望』がそこにいるのに会いたくないなんてどんな理由があるのかと思うと、会いたくないのは『超高校級の希望』苗木誠ではなく、同じ『超高校級の幸運』苗木誠だという。
何が違うのか、と問いかけると、狛枝は泣きそうな顔で笑った。
忘れてたんだ。
何を、という問いかけを日向はしなかった。今までの流れからいって、忘れているのは苗木のことだろう。
狛枝がいうには、コロシアイ生活に関する記憶は殆どある。絶望の元に身を寄せていた頃の記憶は少し曖昧だけれども徐々に思い出している。絶望の残党として未来機関に保護された時に苗木と話したという記憶もある──その話すら歯抜けの櫛のような断片的なものである──それによると、狛枝と苗木は友人同士だったという。それも割と仲の良い関係を築いていたとのことだ。
それなら会ってもいいのではないかと思うが、狛枝は会いたくないという。
なぜ、というもう一度の問いかけに狛枝はただ笑って答えなかった。


「…そっか…うん。でも、良かった、狛枝クン…」
目覚めを喜びながらも、目に見えてしょんぼりした苗木に罪悪感が芽生える。
本当に仲が良かったんだろうな、と思える苗木の反応に狛枝からの伝言を伝えるのが凄く辛い。
「私たちは三日後にそちらにむかうけれど…その時に狛枝凪斗と会うわ。…いいわね、日向君」
「そのことなんだけど…狛枝が、苗木とは会いたくないって、」
話している途中に全員の顔色が変わった。
霧切と十神の顔には有り得ない、とでかでかとかいてある。
霧切がいつもの無表情を崩しているのを日向はまだ数えるほどしかみたことがない。
そのどれもが大体において異常事態だったことから、霧切と十神の知っている狛枝が苗木に会いたくない、と思うことがそれに比類する大変なことであると認識されているということだろう。
そして、苗木はさっきまでのしょんぼりとした顔に少しだけ困ったような微笑みをのせた。
「苗木」
「ううん、大丈夫」
その顔は大丈夫、なんてどうしても思えないのだけれど。
苗木が大丈夫、というからには、日向にそれを論破することはまだ出来ない──それほど、この『超高校級の希望』は自分で一度決めた事柄に関しては頑なだ。
短い付き合いだけれども苗木のそういう部分を何度もみてきた日向はわかっていた、日向の言葉が苗木を止めることができないということも。
「今度島にいくとき、狛枝クンのことは霧切さんに任せるよ」
その言葉に一瞬霧切は目に見えてわかるほどいやそうに顔を歪めた。しかし、すぐにいつもの表情で了承する。
「…苗木君、顔色が悪いわ。ここはもういいからはやく部屋に戻って」
続けて言われた言葉に、苗木は少し躊躇った後、十神や日向の言葉もあり、ごめんね、といって画面の外へ消えた。
パタン、と閉じられた扉に霧切は頭がいたい、というように右手を額に当てて小さく頭を振った。
「狛枝凪斗が苗木君に会いたくない?有り得ない。まだ絶望化したままなの?」
「保護された時でさえ苗木とでなければ話さない、といった奴が絶望化したからといって変わるとは思わんがな」
苦虫を数百匹ぐらい一気に噛み潰したように顔を歪めている十神も、納得してはいないようだ。
学園内での狛枝を日向は知らない。しかし、この二人の反応を見ているとあの希望厨さながらの言動で苗木につきまとっていたのではないかという推測が生まれる。そしてそれは多分間違ってないだろう。
「なあ、苗木と狛枝って」
「友人よ」
「友人だ」
日向の言葉を遮るように二人は同時に口を開いた。あまりのタイミングに反論すら出来なかった。
多分、それ以上のことを二人共教えてくれないだろうな、と日向は思う。
その後、三人ともその話題には触れないように三日後のことを話し、定期連絡は終わった。


苗木たちがくるまでの三日間、狛枝はコロシアイ生活においての言動が嘘のように落ち着いていた。
確か一度目の学級裁判が始まる前までの狛枝はこうだった、と日向はそんなに経っていないはずの過去を懐かしく思う。
起きたばかりで殆ど動くこともなかった狛枝だが、その口はよく回った。
他の皆に押し付けられたことと日向のお人好しな性格──日向は苗木をお人好しだと評するが他の面々からすれば日向もなかなかのものだった──から、日向は一日の多くを狛枝の傍で過ごしていた。
その時間の殆どが狛枝との会話──狛枝が日向に尋ね日向が答えて、それについての見解を狛枝が長々と語る──で消化されている。
日向自身は狛枝を面倒で余計なことをする、理解できないことをいう厄介な奴と思っているが、それでも友人だと思っている。
だからこそ半分聞き流しながらも狛枝の相手をしていたし、狛枝もそんな日向に遠慮することなく様々なことを聞いた。
ただひとつ、狛枝は未来機関の──苗木のことを日向に尋ねようとはしなかった。
会いたくない、とは言ったものの狛枝が苗木に対し特別な感情を抱いているのは間違いないと日向はあの時の会話とその後の定期連絡から結論づけていた。
詳細を知らないのでその感情にどのような名がつくかなんてわからないが、きっとそれは日向と狛枝の間にあるものとは異なる何かだろう。
そこに突っ込むのも野暮だと考えて、日向も狛枝に苗木とのことを聞かなかった。


今考えれば聞けばよかったと思う。
そうすれば防げたかもしれない、そんな仮定すらもう今となっては無駄なことだけれども。


三日後、未来機関の十四支部──中身はコロシアイ学園生活の生き残りと彼らの意思に賛同する『超高校級』であり、他の支部に比べれば割と人数が少ないらしい。だからこそ、絶望の残党と呼ばれた日向たちを新世界プログラムへと放り込みあまつさえ隠蔽工作という暴挙まで行えるのだろう──のうち五人が島へとやってきた。
苗木と霧切、十神はいつも通りだが、今回は目覚めた狛枝をはじめこれから目覚めるかもしれない仲間や、島にいる日向たちのため島に常駐することになる医師と看護師も一緒だった。
「久しぶりだね、日向クン」
船から降りてきた苗木たちを出迎えたのは、日向だけだった。
本来ならば、ソニアか九頭龍のどちらかが一緒に来るはずだったのだが予定外の出来事が起きたのだ。
辺古山が起きたのである。
元々出迎えなど一人でも構わない。
というか来なくても苗木たちは気にしないのだろうが、折角来てくれるのだしそれが礼儀だろうと毎回欠かさず何人かもしくは全員で出迎えていた。
しかし、今回は目覚めたばかりの人間が二人もいる。
何日か前に目覚めた狛枝はともかくとして、先ほど目覚めたばかりの辺古山に関しては九頭龍が傍にいてやりたいのだ、と頭を下げた。
そのため、九頭龍は当然のこと、何かあった時のため、女性であるソニアと終里も病院へと残したのだった。
左右田は未だ眠っている仲間の元にいるし、狛枝は病院で一応おとなしくしているらしい。
簡単に三日前の定期連絡以降の近況を話すと、苗木は瞳を潤ませて微笑みを浮かべた。
「そっか…うん、本当に」
良かった、と呟く苗木の他の四人も表情が明るい。
狛枝に続く目覚めの奇跡。
ゼロに等しいといわれた眠りからの目覚め。
苗木たちがくれた小さな希望の種は確かに芽吹いた。
狛枝の目覚め──そして、辺古山が目覚めたことが更なる希望の糧となる。
いつかは全員目覚めるという奇跡の花が咲くのだろう。そしてそれがまた希望の種を生むのだ。
「じゃあ、いきましょう。いつまでもここにいても無意味よ」
「そうだな」
霧切の言葉で日向たちは病院へ向かう。左右田の元にいく苗木とはひとまずお別れだ。
霧切や十神、連れの二人から何か言われたのだろう、困ったように苗木は笑っていた。
「じゃあまた後でな」
「うん、またあとでね」
手を振って別れる。
いつもなら苗木と一緒だから特に気にしたことはなかったのだが、日向は霧切や十神とはそんなに親しく話したことはない。
よって、病院へ向かう道すがら日向は特に話すこともないので霧切、十神の後ろを黙って歩いていた。
そのうち前を歩く霧切と十神の会話が聞こえてきて──それも未来機関においての話だ──少々気まずい気持ちになる。
自分の後ろで医師と看護師──この二人も元『超高校級』らしい──がなにやら雑談しているのがまだ救いだ。
居た堪れなさからふと日向が後ろを振り向くと離れていく小さな背中が見え、そのあとすぐに見えなくなった。
「日向君、私たちは先に狛枝凪斗のところに行くから、後ろの二人を辺古山さんのところに案内した後に狛枝凪斗の部屋まで連れて行って」
「っああ、」
霧切の言葉に日向ははっとして前を向く。その時に霧切の薄紫色の瞳とかちあった。
「苗木君は大丈夫よ。少なくとも今は」
霧切の言葉は、日向の中にある漠然とした不安を見透かしているようだった。
しかし、「今は」とはどういうことなのだろうか。
「霧切」
「…行きましょう」
日向の疑問に霧切が答えてくれることはなく、それ以降霧切が日向に声をかけることもなかった。

暫く歩いて、病院へと到着した。
霧切に言われたとおりに医師と看護師を辺古山の部屋へと案内する。
部屋の外で、終里とソニアは二人で談笑していた。きっと気をきかせて外にいるのだろう。
部屋の中には当然のごとく辺古山と九頭龍の二人だけだった。
簡単に未来機関の二人に紹介し、辺古山のことを頼み付けてから病室の外へと出た。
ソニアと終里、霧切が三人で話し、十神は少し離れたところに立っていた。
「なあ、苗木こねーの?」
「苗木君は左右田君のところに行ったわ」
終里はここには苗木が来ないことを知らない。
島に必ず来る苗木がいないことが単純に疑問だったらしい。霧切の返事にそっか!といつもの明るい笑顔を浮かべた。
しかし、ソニアは納得しかねるらしい。確かに、いつもの苗木であれば目覚めたのが誰であれ会いに来ると思うだろう。
日向も理由を知らなければきっと疑問に思うはずだ。
「狛枝凪斗と苗木君をあわせるわけにはいかないの」
霧切のその言葉にソニアは少し困ったような笑顔を見せた。
多分、ソニアはあのコロシアイ生活中における狛枝の言動と、苗木が『超高校級の希望』であることを思い出したのだろう。
本当の理由とは異なるが、狛枝の真意を誰も知らないのだから別に構わないだろう。少なくとも霧切のことばに嘘はない。
狛枝の病室は辺古山の一つ隣だ。
こん、と日向が軽くノックをすると狛枝の声がかえってくる。
「入るぞ」
扉をあけた先では、狛枝が立って窓から外を眺めていた。
「久しぶりね、というべきなのかしら。狛枝先輩」
「あはは、キミに先輩って呼ばれるのも懐かしいな」
久しぶり、と笑って狛枝はくるりと身体を反転させる。
その狛枝の左腕を視界に入れた二人──霧切はすぐに無表情へと戻ったものの一瞬嫌悪に歪ませ、十神はあからさまに顔を顰めてみせた。
「ねえ、霧切サンも十神クンもあのコロシアイ学園生活で生き残ったんだよね」
「…ええ、そうよ」
「ボクはね、ずっとモニターでみてたよ。キミたちがあの絶望的な空間で希望を生み出すところを。希望が生まれた瞬間を」
「霧切サンも十神クンも素晴らしいよ。流石は『超高校級』の探偵と御曹司だ」
それから狛枝はあのコロシアイ学園生活において、生き残った七八期生の六人がどれだけ素晴らしいかを語った。
それは狛枝独自の思考がフィルターのように巻かれたものであったが、日向は聞いたことのないことばかりであった。
苗木たちがどのようにコロシアイ学園生活を耐えてきたのか、どのような悲劇が、絶望がそこにあったのか。
それらは自分の現実と重なって、日向の胸を押し潰す。
「っ、べらべらと喋るのは変わらんな。いい加減に結論をいえ。貴様の下らん御託に付き合うために俺たちは来たわけじゃない」
とうとう耐え切れなくなったのだろう、苛立ちを隠そうともしない声音で十神が狛枝の話を遮る。
「ああ、ごめんね。嬉しくてさ。ボクはキミたちとまた会えるなんて思ってなかったんだ」
狛枝は話が遮られたことにも構わずへらりと笑ってみせる。そんな狛枝に大きな溜息をついて霧切は告げる。
「あなたが目覚めたことは喜ぶべきことよ」
「あなたたちが目覚める確率はゼロに等しいと言われていたわ。でもあなたが目覚め、今日また一人目覚めた」
「…」
「あなたの話を聞いている限り、あなたは私の知る狛枝凪斗と何ら遜色はない。あなたが日向君に苗木君とは会わないと言ったと聞いた時、まだ何か問題があるのかと思ったわ。絶望化したままなのか、それともあのプログラム中の絶望病に罹患した状態で目覚めたのか。だって、あなたが苗木君に会わないというなんて」
「有り得ない、か」
霧切の言葉を継ぐようにして呟いた狛枝の口元は笑みに歪んでいた。
「ええ」
「キミは本当に素晴らしいね。『超高校級の探偵』霧切響子さん。キミの洞察力と推理力は本当に素晴らしい。…だから多分ボクの考えもわかってるんでしょ?」
「可能性としては、おおよそ。…でも、あなたの思考は読めないわ。本当のところであなたが何を考えているのか」
霧切と狛枝の応酬が続く。直接的な答えの出ないそのやりとりはここにいない苗木が中心であることはわかるが、過去を知らない日向には理解できないものだった。
日向は既に役は終わったと言いたげに溜息をついた十神へと目を向けた。
視線があって顎で外へ誘われる。十神が病室の外に出たにもかかわらず続いている会話は、もうとうに霧切と狛枝の意識から日向と十神が外れたことを示していた。
日向がここにいても特に意味は無いだろう。そう結論づけて日向は十神の後を追って外にでた。

「馬鹿の一つ覚えのようにあいつに纏わりついていたくせに会おうとしないことがそもそもおかしいんだ」
外に出た十神は呟いた。それは本当に小さな声だったが、聴力も『超高校級』になっている日向には聞こえてしまった。
「…苗木は何かいってたか」
「何も、…だが気にしてはいる。ここ三日ロクに寝てないようだ」
狛枝への憤りか、十神の声は冷たい。
霧切もだが、十神も割と苗木には甘いと日向は思う。
それを指摘したところで認めないのだろうと思うけれども。
「だからあんな」
「あいつは何も言ってなかったのか」
「…いや、何も」
「あいつのいつもの言動だったら、苗木を──」
十神の言葉の途中、霧切が一人で病室から出てきた。
「終わったわ。…次は辺古山さんのところね」
「霧切」
「…やっぱりあの人は危険だわ。苗木君を連れてくるべきではなかったのかもしれない」
それだけ言って辺古山の病室へと向かった霧切の背中を見送った後、日向は狛枝の病室をそっとのぞく。
窓から外を見ている狛枝は、日向のほうなど気にもしていないようだった。
「狛枝」
「ねぇ、日向クン。ボクはどうすればいいのかな」
ぽつり、狛枝の呟いた言葉は目覚めてからの中で一番弱々しいものだった。
霧切と何を話したのか。部屋を出ていく前までとはあまりに違う狛枝の様子に日向は訝しげに眉を寄せた。
「お前はどうしたいんだ」
そう問いかけると狛枝は笑う。
その笑いは、あの一度目の学級裁判の時にはじめて本性を現したものにとても良く似ていた。
「狛枝っ」
不安と理解できないものに対する恐怖、よくわからない感情に突き動かされて日向は狛枝の名を呼んだ。
狛枝は笑いながら日向に近寄っていく。
「日向クン。         」
すれ違いざま、何かを囁いて狛枝は病室を出ていった。
慌てて日向は狛枝の後をおって外に出たが、もうその姿はどこにも見えなかった。

狛枝が病室から姿を消して暫く後、辺古山との会話も終わったらしい。
霧切の顔はいつものようになんの感情も読み取れないものだったが、雰囲気から察するにそれほど問題のあるものではなかったようだ。
休むという辺古山、付き添いの九頭龍にこれからここに詰めることになる医師と看護師を残して日向たちはコテージのある一番目の島へと向かった。
一旦部屋に戻る、という十神とソニア、苗木の様子を見てくるといった霧切と別れ、今日の夕食の当番となっていた終里と日向は二人でレストランへと向かった。
今日の夕食はいつもに増して賑やかだろう。
どんなものにしようか、折角なんだからごちそう作ろうぜ!と張り切る終里に日向は同意する。
未来機関の五人と、今日目覚めた辺古山。いつもより量もいるだろう。
まだ料理に慣れてるとは言い難い二人だが、それでも簡単なものくらいは作れるようになってきた。
頭の中でメニューを思い浮かべながらホテルの扉を開いた。
そのとき、感じた嫌な予感と、誰かの気配。
階段に向かって走りだした日向を訝しく思いながら終里も後を追う。
階段を登った先、そこにいたのは床に座り込んでいる狛枝凪斗と。
その腕の中で血を流す苗木誠の姿だった。

それから先のことを日向はよく覚えていない。
慌てて、終里は病院へと医師を呼びに行った。
そして霧切や十神、他の皆もレストランへ集まり…そして、皆で病院へと向かった。
一通りの処置を行い出てきた医師に日向たちは現状を尋ねたが、医師は難しい顔をして口を開かない。
それはつまり、とても危険な状態だ、ということだ。
日向は考えていた。
あの時、狛枝を引き止めていたら。
もっと早くレストランへついていれば。
苗木のことを、狛枝のことを気にしていれば。
もしも、もしも苗木が───。
「…大丈夫よ。苗木君は存外図太いの。あんなことで死ぬはずがないわ」
「そうだ。普段がアレとはいえ、あいつも一応『超高校級の幸運』だからな」
最悪で最低な可能性ばかりを巡らせる日向の思考を霧切と十神が切り裂く。
──二人は信じている。苗木誠を、自分達の【希望】を信じているのだ。
「だが、狛枝はどこにいったんだ。加害者はあいつだろう」
「…そうとは限らないんじゃないかしら」
苛立たしげな十神の言葉に霧切が小さく呟く。
それは十神には聞こえていなかったらしい。その後も延々と狛枝に対する罵倒と苛立ちを呪詛のように呟き続けていた。



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