苗木誠にとっての狛枝凪斗とは兄であり父であり母であり、そして誰よりも大切な人だった。
生まれた時から当たり前のようにそこにいた彼は、誰よりも誠を愛してくれていた。それこそ、家族以上の優しさと思いやりと慈しみを持って。
どろどろに溶かすような甘やかな愛情がそこにはある。凪斗も隠そうとしないのだから尚更だった。
そんな凪斗に家族を失った誠が依存しなかったはずがない。
誠のどんな我儘も凪斗は受け入れた。それは、殆どが子供らしい他愛もないものだったけれど。
誠はあまり我儘というものを言わない子供だった。そして、凪斗はそんな少ない誠の我儘を喜んでいた。
凪斗はできるなら、誠にはもっと我儘を言ってほしいとそう思っている。
傍目からは、幸せそうな兄妹に見えるだろう。
けれど、その中身が酷く歪んでいることを知っているのは、きっと片手にも満たない。
「どうするつもりなんだ」
酒を片手にぼそり、と呟く。
疲れていたのか、凪斗の膝を枕に眠ってしまった誠の寝顔は酷く穏やかだ。
幼い頃から誠を知っている日向は、彼女の今迄が優しいばかりでなかったことを知っている。
辛いこともあっただろうけれど、それでも彼女は幸せを幸せと受け入れられるそんな子に育っていた。
それを、よくないことだとは思わない。否定なんてできるはずがない。
もしかしたら、なんて仮定は意味が無いけれど、幼い子どもが直面するには悲しすぎる過去は、誠の心を壊す危険も孕んでいたのだから。
それでも、今のこの二人の生活が"普通"であるなんて日向には到底思えないのだ。
日向は、凪斗を友人だと思っている。誠を可愛い妹分だと思っている。
だからこそ、気になる。本当にそれでいいのか、と問いかけたくなる。
そんな日向の問いかけに、凪斗は顔も上げず、ただ自身の膝に頭を預けて眠る誠の髪を手で梳いていた。
愛おしいという想いを隠そうともせず、その端正な顔にのせて凪斗はただ幸せそうに笑っている。
その笑顔に滲む、紛れも無い狂気。それを改めて感じて日向は重く息を吐いた。
「誠のこと」
「どうするもこうするも」
誠の名を聞いて、凪斗はやっと日向へと言葉を返した。
けれど、その視線が日向を捉えることはない。その目も感情も、ただ誠にしか向いていない。
「まこちゃんはボクのものだよ」
何を当然のことを聞くんだ、という嘲るような響きがそこにはあった。
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