一区切りついたかな、と思って時計を見る。指す時刻は三時過ぎ。多分そろそろまこちゃんが帰ってくる時間だな、と思う。
今日のおやつは何があったっけ、と考えて昨日貰ったケーキが残っていた事を思い出す。
日向クンがまこちゃんに、といって持ってきてくれたのはいい。だけど二人暮らしなのにケーキワンホールとかもっと考えればいいと思う。
その後、結局夜ご飯まで食べて、飲んで帰ったんだった。構わなくてもいいのに、まこちゃんは日向クンに対して甘やかし過ぎな気がする。
なんか嫌な気分になってしまった。こういう時ははやくまこちゃんをぎゅうぎゅうに抱きしめて甘やかしたい。
この間日向クンや霧切さんに言われたことを思い出す。まこちゃんがいなくなったらどうするんだって。
嫌な言葉。それこそおじさんおばさんが言ってたことまで思い出した。ずっと一緒にいれるはずない。なんて残酷な言葉なんだろう。
多分おじさんやおばさんはそんな深く考えて言ったわけじゃないだろう。
あの二人から見ればボクはまこちゃんのお兄ちゃんでしかなくって、まこちゃんもボクの妹っていうそれだけ──ただそれだけのことだ。
兄妹はいつか離れていくもの。それこそ互いに友人や恋人、別の世界を作ってその道がわかれていく。
ボクらには血の繋がりはない。だからこそ、確実な繋がりというものは存在しない。ずっと、なんて有り得ないこと、多分あの頃のボクが一番よく知っていた。
だけど、今のボクにはそれこそ大きなお世話だ。いなくなったら?そんなこと有り得ないし、有る筈がない。
そうならないために、ずっとずっとボクはまこちゃんに囁き続けてきた。
ずっと一緒だよ。
まるで呪いのように毒のように全身に廻っただろうその言葉を、まこちゃんは大切な約束としてその胸に刻んでいる。
「ただいま!」
おやつの用意をしている途中で、まこちゃんの声がした。
少しだけ息切れ気味の声。多分走って帰ってきたんだろう。
「お帰りまこちゃん、随分急いで帰ってきたんだね」
くすくすとボクが笑っているとまこちゃんはぱたぱたぱたと走ってきて、後ろからボクの腰にぎゅうっとしがみついた。
さっきまでの嫌な気分が消えていく。ささくれだっていた気持ちが穏やかになる。
まこちゃんの存在はボクにとって誇張でも比喩でもなく精神安定剤だ。
効果は覿面だけど劇薬。更に中毒性が高くて致死性あり。
もう手放せないその温もりを感じながら、ボクはお腹のあたりで組まれた手をあやすように撫でた。
「どうしたの?なにかあった?」
何も言わない代わりに、まこちゃんはボクの背中にぐりぐりと頭を押し付ける。
「まこちゃん?」
何があっても名前を呼ばれれば取り敢えずは返事をするまこちゃんが何も言わない。
これは多分なにかあったぞ、とボクは可能性を幾つか頭の中でリストアップする。
クラスメイト、先生、帰り道、授業。挙げればきりはない。なんてったってまこちゃんは驚くほど純粋で可愛らしい。
他の人の痛みや傷だって自分のものとして抱え込んでしまう。そして辛いことも誰にいうでもなく自分の中に抱え込んでしまう。
本当ならずっと家にいて笑っていてくれるだけでいいのに。だけど、この国には義務教育というものがあって、まこちゃんは学校にいかなければならない。なんて不運。
ボクだけがまこちゃんの世界の全てだったらいいのにと何度願っただろうか。本当はどろどろに甘やかして、真綿で包むように、何にも触れさせないようにしたかった。
まこちゃんが世界を広げていくのは、多分喜ぶべきこと。でもそれを望まない自分がいる。
「おにいちゃん」
ぽつんと呟いた声には少しだけ涙が混ざっていた。泣いているまこちゃんも可愛いけれど、泣かせたのが別の誰かならばボクはその誰かを許さない。
泣かせるのも怒らせるのも笑顔にするのも、まこちゃんの全てがボクであればいい。
ぐずぐずと鼻を啜るまこちゃんの手をそっと引き離してぎゅっと正面から抱きしめる。
ねぇまこちゃん、ボクはねとても心が狭いんだ。まこちゃんの感情の源が全部ボクだったらいいのにってぐらい。
だけどそんなことはできないから、せめて近くにいるときはその顔を見せてほしい。
そんな思考はまるごと隠して、優しく優しく問いかける。
「何があったの?」
理由を聞いても許せるかどうかなんて、また別の話だけれども。
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