「それは、違うよ」
「まことくん?」
「これ以上望んだらいけないなんて、そんなこと──」

凪斗さんの言葉に滲んでいたのは「諦め」だった。
望めばそれが訪れるかもしれない。けれど、それも不幸を代償として訪れる。
それが凪斗さんの才能、ぼくとはちがう、超高校級の幸運。
でも、凪斗さんは幸運だといいながら、多分その代償の不幸にずっと怯えている。
だけど、それは凄く寂しいな、とおもった。
そう思って、思わず口をついてでた言葉に凪斗さんは嬉しそうに…でも、ちょっとだけ、悲しそうに笑った。

「ああ、本当にキミは優しい。やさしくてかわいくてきらきらしていてボクなんかのために悲しんでくれる。憐れんでくれる。…いつもいつも…ボクが一番望んでいたものをくれるんだ…だからボクは期待してしまうんだ…一つ近づけばその先をそして次はその先をって…」

「ねえ、まことくん。本当に、本当にボクはキミにあいたかった。でもね、ボクはキミを傷つけたくないんだ…キミが傍にいると嬉しいけど、ボクはキミにいってはいけないことをいいたくなる」

会いたかったのは本当。傷つけたくないのも本当。
傍にいたいのも、全部全部彼のいうことが本当ならば。
自惚かもしれないけど…多分、望んじゃいけないのは、ぼくのことだ。
ぼくに対してのことだ。だから、多分…凪斗さんが本当に怖がっているのは…──

「いってください」
「…ぇ」
「ぼくはききたいです。…望んじゃいけないことって、ぼくに関することだよね」
「まことくん」
「凪斗さんの不運に巻き込まれても多分大丈夫…だってぼくも超高校級の幸運の持ち主なんだから」

凪斗さんはぼくの言葉をきいて、ちょっとだけ泣いているような…喜んでいるような複雑な色を一瞬浮かべて、すぐに大きな声で笑いだした。

「あはははははははははははははははははは」

「…どうして、まことくんは…いつも…」

細くて、でも大きな右手で顔を覆って暫く凪斗さんは一人で何かをつぶやいていた。

「…、本当にいいの?後悔しない?」
「大丈夫!」

そっと問われたのは確認の言葉。ただ肯定の言葉を返して、ぼくはぴん、と背筋を伸ばした。

「…」
「…」
「……」

やっぱり言いづらいことなのか、凪斗さんは視線を宙にさまよわせながらうーとかあーとかいっている。
きかなきゃよかったかな、とちょっと思い始めた、そんな時だった。

「…ボクがいうのは嘘じゃない。本当のことだ。キミの覚えていない記憶の中のこと。…だから、否定したければ、否定してもいいし、嘘だと思いたければ、聞かなかったことにしていい」

あと、最初からはなすから、さっきいったことと大分かぶるとおもうんだけどと前置きをしてから、凪斗さんはさっき自分自身のことを話したときとは違う、ゆっくりとした話し方──多分、ぼくの反応をうかがいながらだからだ──で話し始めた。


***


…さっきもいったけどはじめてあったのは学園だったよ。ボクは同じ幸運ってことで、キミが入学してきた時、すぐに見に行ったんだ。…理由?超高校級の幸運枠が各学年にいるっていうのは覚えてる?…そう、超高校級の幸運は毎年選考されている。78期生はまことくんで76期生はボク。他の77期生とか75期生にももちろんいたよ。それで、内容は省くけど、超高校級の幸運枠だけを集めての授業とかもあったんだ。…それで、どうせ関わることになるんだから最初に見に行こうって思ったんだ。それで入学式の日の夜、食堂にいるキミにあいにいったんだ。はじめてのときは、うん、なんかすっごい普通の子だなって思ったよ。可哀想に。なんの才能もないのに、運だけで希望ヶ峰に来ちゃったんだなって。超高校級の才能を持つ人たちに囲まれてやめていった幸運の人もいたみたいだし…。この子はどうなるのかなって。それが最初だったよ。…だけどね、日をおうごとに、ボクはキミを特別だと思うようになった。どんな超高校生級の才能をもった人たちよりずっとずっとキラキラ光って見えた。キミは今まで見た誰とも違ったんだ。なにか特別な才能があるわけじゃない。でも他の超高校級の子たちとも簡単に打ち解ける。年齢とか性別、才能なんの関係もなく。78期生は仲がよくって有名だったけど、その真ん中にはいつもキミがいた。…ううん、違わない。実際、ボクらの76期生は仲は悪くなかったけどね、あんまり他に干渉する人たちじゃなかったんだ。…だから、正直あの島での生活もそういう意味では悪くなかったんじゃないかなって思ってる。…うん。それで、ボクはキミがすっごく気になったんだ。仲は良かったと思う。週3ぐらいでその幸運の集まりはあったしね。ええと、うん。そうだ。…それで、そのなかで、ボクたちは自分自身の幸運についても話してた。寧ろその幸運の内容とかそういうことが話の中心だったしね。それで、ボクはあんまり人に近づかないように近づかないようにってしてた。理由は…そう、うん。そうだよ。でもね、キミは今日ボクにいってくれたように、大丈夫って、友達になろう、っていってくれたんだ。…はじめはね、それでよかったんだ。ボクにとってははじめての友達。一緒にいても大丈夫。…本当に、キミの幸運ってすごいよね。あんなに一緒にいたのにキミにボクの不運がきたことはなかったんじゃないかな…。年とか性別とか何も考えてなかった。だから、ちょっと距離感がおかしくってよくキミには怒られたっけ…。…だけど、いつからかな…ううん、最初からかもしれない…キミの友達の話をきくのがつらくなったのは。…はじめは、自分の友達がとられるっていう幼い独占欲だとおもってた。ボクにとっては唯一のはじめての友達だったから。…でも、だんだん、違うってわかってきたんだ。キミのそばにいたい。キミにふれたい。…キミがほしい。恋愛感情だってわかった時、ただ、怖かった。キミはボクのことを友人だと思ってるんだ。なのに、こんな感情をぶつけたらキミは離れていってしまうって。だから隠そうって思ったよ。離れようとも考えたけど、できなかった。はなれたらだめだと思った。…だけど、キミは本当肝心なところで鈍いくせに鋭いんだから…。悩み事があるかってキミにきかれたんだ。はなしてほしいってね。…いえるわけないじゃん。キミが好きだって?曖昧にごまかしてごまかして、…でもやっぱり無理だった。最終的にはやけになった感じでいったよ。好きだって。でも返事はいらない。できれば今のままでいたい。友達としてでいい。傍にいさせてくださいって、いった。…返事はいらないっていったはずなのに、キミは1週間後律儀に返事を返してくれたよ。結果として、ボクとキミは付き合うことになった。恋人同士だったんだ…これがいっこめの黙ってたこと。…記憶が戻ってない状態でこんな事言われてもキミは悩むと思ったんだ。キミは優しいからね。…じゃあ、話を戻そうか。付き合うことにはなったけど、あんまりボクとキミの関係は変わらなかった。ボクはまあそれでいいと思ってたんだ。これ以上の幸運でどんな不幸がくるのかってちょっと怖かったからね。…でも、なれってこわいよね。キミの幸運のおかげってボクは思ってるんだけど、本当にキミと一緒にいる時は大きな不幸が訪れることはなかったんだ。あったとしても、たまたま大事にはならない。たまたまちょっとした怪我ですんだ、とかって程度だったよ。それまではあんなにひどかったのにね。…ボクはキミがいれば大丈夫だって思うようになった。キミと一緒にいれば、人並みの平凡な幸せを夢見ることができる。…幸せになりたいって、思ったんだ。できれば、キミと。あんなに何かを望むのが怖かったのに。キミが、一番のボクの希望になった。キミの幸運という才能も、キミ自身もボクにとっての希望だったんだ。何よりも絶対的な希望。失いたくない、失えない。そういうふうに思ってたんだ。…ボクが卒業して暫くたってからかな…。キミは学園の寮、ボクはもう外に出てたからあんまりあう機会ってのはなくなった。メールとか電話はしてたけどね。そこで起きたのが、あの事件だよ。…うん、ボクはあの事件の当事者じゃない。あの時にはまだ絶望だとかそういうことは考えてなかった。ただただ、キミが、心配で心配でしょうがなかったよ。でも学園の扉は開かない。…中の生徒を守るため、シェルターとして、その扉は固く閉ざされていたからね。大丈夫だって思ってたけど、メールも電話も通じない状態だったから。…だから、メールと電話…見せられたその画像と言葉を信じた。「…希望なんてそんざいしない。希望なんて絶望に簡単に負けてしまうものだった」。…画像がどんなものかって…?キミが、キミが血塗れで槍で貫かれているところだよ。…記憶にないかもしれないね。キミたちの記憶が消されたのも一度じゃないらしいから。…それで、それからのことはさっきいったとおりだ。でも、どこかでボクは信じていた。キミが生きてるかもしれないって思ってたんだ。…だから、絶対的な絶望がより大きくなれば、キミがまたボクの前に現れるんじゃないかって…、より大きな絶望を手にするという不幸を代償にキミにもう一度あうという幸運というカードを引くことに賭けた。…そして、ボクは賭けに勝ったんだ。モニターでみた、コロシアイ学園生活。そこにキミの姿を見つけた。それをみながら…周りの人はいったよ、『希望』なんてないって。…でもボクは信じた。ボク自身の幸運と、キミの幸運と、希望を。そして、それを彼女が身をもって証明した。そして、もう一度ボクはキミにあうためにいきようとおもったんだ。…そして、今日あって、はなして、…キミに記憶がないのはわかってた。だから自分の気持ちは言わないようにしようって思ったよ。でも、本当は、…ほんとうは、また、あの頃のように、キミの隣にいたいって触れたいって…そう、思ったんだ。絶望の側にいたボクがキミに触れるなんて許されない。絶望の塊のような腕をつけたままキミに近づくなんて許されない。それは十分にわかってる。わかってるけど、また、幸運だとか、不幸だとか、そんなことを考えないでただキミの傍にいたいだけなんだ


***


凪斗さんはいつのまにか、ぼろぼろと泣いていた。
記憶がない、というのをこれほどまでに申し訳なく思ったのは初めてだった。
付き合ってた、だとか。自分のことなのに、すごくすごく申し訳ないというか恥ずかしいというかなんというか。
…ただ、嘘だとは思わなかった。すごく自然にそうなんだ、と思った。
どっかで覚えてるのかもしれない。ただ、小説やドラマのようにぱっと思い出すことはなかった。
…だから、ききました、はいじゃあつきあいましょうか、ともいかないだろうし。…凪斗さんのことはきらいじゃないけど、自分からしてみれば、初対面みたいなものだし。…うん。って何考えてるんだ、ぼく…。
あと、多分皆知ってたんだ。知ってるけど、ぼくが記憶がないってこともあったから、あんなに警戒してたんだ。
疑問におもったことも、すとんと納得ができた。…ただ、みんなが知ってたということがいたたまれない。…次どんな顔してあえばいいのだろう。
…ただ、凪斗さんが絶望になったのが自分のせいだっていうことにはすごく罪悪感。島でのプログラム中はあんなに絶望を憎んでいたのに。

狛枝さんは泣きながら、ぼくは自分の考えをぐるぐるさせてる時、こんこん、とノックの音が聞こえた。
どきっとしたけど、とりあえず、はい、と返事を返す。…入ってきたのは日向くんだった。


*