はじめに「二人起きた」と日向くんから連絡をもらった。
誰が起きたのかを聞くと「苗木は来るな」とまた日向くんから連絡をもらった。
その次には「苗木だけはくるな」と念押しをされた。
そのまた次には「苗木はきちゃだめだ。絶対島には来るな」という立ち入り禁止令をもらった。
そして何度目かの島立入禁止の言葉の最後は「たすけてくれ」という左右田くんからのSOSだった。

「ねえ、霧切さん」
「だめよ」
「き」
「だめ」

パソコンのモニターから視線を外さずに霧切さんはぼくの言葉なんて必要ないとばかりにばっさりと切って捨てた。

「だって、こんなにメールが来るんだよ?ぼくにできることがあるんだったらいかなきゃ!」
「必要ないわ。貴方はここにいてほしいの。私達の一番の希望。起きたばかりの二人が今のあの人達みたいに絶望ではないという保証はないわ。私達が安全を確かめてから」
「それは違うよ!」

ぼくが役立たずで霧切さんが心配するのはわかるけど、誰かが必要としてくれる以上、ぼくはいきたいんだ。
守られてばっかりじゃいやだ。ぼくだって皆の力になりたい。

いつのまにか霧切さんの視線はモニターからぼくのほうへうつっていた。
そして、はあ、と一回だけため息をつく。

「わかったわ。そういいだすと苗木さんは絶対譲らないもの」
「え」
「明日行くの。だけど、これだけは約束して。危険なものには近寄らない。危ないと思ったらすぐ逃げる」
「そんな」
「江ノ島盾子を盲信していた人たちよ。それが今でも続いていないとも限らない」

…ここまでいえばわかるわね?とそう霧切さんはぼくにといかける。

「…わかった。ごめんね、心配してくれてるのに」
「いいのよ。そのまっすぐなところも苗木さんのいいところだもの」

そういって、霧切さんの強くてレーザーみたいな視線がやわらいだ。


「でも、あとひとり、がんばって納得させてね」
「え」


***


がんばってがんばって三時間ぐらいかかって、ぼくはやっと十神くんにも許しをもらった。
いつも思うけど、皆ぼくのことを同じ年だってわかってるのかな…もう二十歳すぎたのに…。

何日かぶりの島に足を踏み入れる時、やっぱりちょっとだけ緊張した。

何度も何度も霧切さんと十神くんから耳にタコができるぐらい、きいた注意。
何度か島には来ているけど、こんなにもぴりぴりした二人ははじめてだった。
新しく起きた人がいるから?
……わからない。
誰が起きたのか、結局教えてもらえなかった。
どうせ、島につけばわかるわ、と霧切さんはいってたから多分霧切さんは知ってるんだろう。
十神くんも同様に。

「お久しぶりです」

ぼくたちを出迎えてくれたのはソニアさんだった。
いつみても美人だなぁ、と思う。さすがは超高校生級の王女様。なんか立ち居振る舞いまできちんとしてるから、ソニアさんの前にくると自然とちょっとだけ背筋が伸びる気がする。

「久しぶり。起きたのは二人で間違いないのね」
「はい。…ですが、罪木さんも狛枝さんもちょっと今は…」

罪木さんと狛枝さん。
超高校級の保健委員と、ぼくと同じ、超高校級の幸運。
…そして、少しだけ懐かしい名前。
多分、二人とも昔の自分は知ってたんだろう。特に、狛枝さんのほうなんかは同じ幸運ってこともあって、なんかちょっとだけ、胸の奥がざわざわした。
でも、あのときに失った記憶の中で、同じ78期生だったみんなのことはおもいだせたのに、他の学年のひとたちとか、それ以外のことの記憶はまだ戻ってこない。いつか戻ってくるのかな…ぼくの記憶…。他の人は割ともう思い出してきてるのに…。

「──で、今は」
「ええ、一応鎮静剤で眠らせてあります」

ふ、と自分の世界に入り込んでしまったことに気がついた。
いきたいっていったのは自分なのに情けないなぁ、と思う。
霧切さんとソニアさんの会話はまだ続いている。
今の話は「狛枝さん」に関する話らしい。

「…だから、苗木さんに」
「ええ。もう、みんなおさえられなくって。苗木さんが来るのなら…って」

そういったソニアさんに霧切さんは大きなため息を一つ。

「……」

聞き取れなかったけど、ぼそっとなにか一言呟いて霧切さんは席をたった。

「病院に二人ともいるのよね。…じゃあ、行きましょうか」
「気をつけて」

またあとで、といってぼくたちは病院へと向かった。
十神くんも霧切さんもいつも以上に会話が少ない。
いつもと何が違うのだろうか。

病院について、霧切さんはいつもよりもずっと強い顔をしてぼくにいった。

ひとつ、狛枝さんはぼくがきたらいうことをきくといったこと。
ふたつ、狛枝さんの左手は江ノ島さんのもので、それを切り落とそうとしていること。
みっつ、狛枝さんはぼくとふたりきりであわせろといったこと
よっつ──

「苗木さん。危険を感じたら逃げなさい。いいわね」

本当は行かせたくなかっただのあわせたくないのにだのなんでよりによってあのひとがおきるのかしらだの…病院の廊下を歩きながら霧切さんは呟いている。
後ろを見ると同じように十神くんがつぶやいていた。
…く、くうきがおもい…。

狛枝さんはぼくのことを知っているのだろうか。
そして霧切さんと十神くんは狛枝さんのことを知っているのだろうか。
だからあんなにも警戒しているのだろうか。
ぐるぐると考えているうちに、狛枝さんの病室についた。



***



病室の中には日向くんがいるはずだ、と言い残して霧切さんは罪木さんの病室へ行ってしまった。
十神くんは扉の前で待ってるらしい。絶対に扉は閉めるな、と言われた。

「こんにちはー…」

控えめに扉を叩いて開ける。
その向こうには壁に背を預けて椅子に座る日向くんとベッドに横たわる男の人。
日向くんはぼくの声に顔だけを動かして、目があった瞬間にすごくすごく複雑そうな表情を浮かべた。

「日向くん、久しぶり…だね、」
「ごめんな苗木」
「ひなたくん?」
「俺達がもっとしっかりしてればよかったんだ」
「ひな」

謝罪謝罪謝罪。
とりあえず、日向くんがずっとメールでぼくをとめてたのは多分狛枝さんとあわせないため、だったのかな。
…なんだろう、狛枝さんって…。
皆が止めてるのにもかかわらず、持ち前の好奇心でちょっとだけわくわくしてしまう。

「今は狛枝寝てるんだ。…というか、さっきまで暴れてて、な」
「へ、へぇ…」

ソニアさんのいっていた鎮静剤で眠らせてたのは狛枝さんかな。
…そっとベッドの上の狛枝さんに近づく。
なんか全体的に白い人だなぁ、と思った。

「多分当分起きないと思うけど、」
「うわああああああああっ」

「どうした苗木!」
「どうしたの苗木さん!」

なんで霧切さんここにいるの、なんて考えてる余裕なんてない。
ぼくの体は気がつくと何かに押さえつけられていた。違う、抱き込まれていた。


*