お風呂から上がるとお兄ちゃんがこたつで眠っていた。
テレビは付けっぱなし。お兄ちゃんが握っている携帯はチカチカと受信だか着信だかを報せるランプが光っていた。多分いつものように寝落ちしたんだろう。
お父さんもお母さんももう寝室へ戻ってしまったらしく、そこにいるのはだらしない寝顔を晒すお兄ちゃんだけだった。
とりあえず、と思って一応写メをとっておく。お兄ちゃんに対する切り札は多ければ多いほどいい。
冬休みということで、寮に入っているお兄ちゃんも昨日から帰省中。少し前までは当たり前だったはずのその光景を見るのも今年は初めてだ。
あの「希望ヶ峰学園」に入学したから少しは変わったのかな、と思っていたけれど全然だ。相変わらず子供っぽいしだらしない。
今日なんて、掃除でもしたら、というお母さんの言葉に「えー?」と言いながらはじめたのはいいけれど、結局部屋の漫画を読みだして終ったみたいだし。
私が帰ってきた時に「え?もうそんな時間?」って言ってたから、多分掃除なんて殆どしてないだろう。
「お兄ちゃん風邪引くよー」
お兄ちゃんがこたつで寝てしまって風邪をひくのは冬の風物詩のようなもの。あとから「どうして起こしてくれなかったんだ」といわれるのもいやだから取り敢えず声は掛けておく。
ぺちぺち、とほっぺたを叩くと少しだけ顔が歪んだ。でも起きない。それどころか嫌そうに私の手を払いのけようとする。
いつも童顔だけれど、寝ている時のお兄ちゃんは二割増しぐらいで幼く見える。小さい頃から私のほうが姉と見間違えられていたことを思い出した。
私より低い身長と、高校生に見えないぐらいの童顔。お兄ちゃんの雰囲気もあったのだろう。並んで歩けば大抵私が「姉」だと見做された。
まだ私が小学校低学年だった頃、一緒に登校していたお兄ちゃんに「お姉ちゃんと一緒に学校に行くの?良かったね」と言われたときは大分落ち込んでいた。
身長は伸びる、と慰められたようだけれど、残念ながらお兄ちゃんの身長が私の身長を追い越すことはなかった。
もう伸びなくなって暫くたつ。私はもう止まっちゃったんじゃないのかな、って思うけれど、まだ諦められないのかお兄ちゃんは牛乳をとにかく飲んでいるみたいだ。ただ、今のところ目立った効果はないようだけど。
払いのけようとする手を抑えてそのほっぺたをむにっと摘んだ。結構伸びる。面白い。
起きてる時には絶対そんなことさせて貰えないからいまのうちに遊ぼう。
最初の趣旨なんてすっかり忘れて、私は眠っているお兄ちゃんをひたすらに玩具にして遊んでいた。
「…邪魔」
暫く経った頃、ぼそり、とお兄ちゃんが呟いた。私の手をぺぺっと払ってごろんと寝返りをうつ。
自分勝手な挙動に少しだけいらっとする。人の好意を無駄にして。
遊んでいたということは棚にあげて、私はお兄ちゃんの頭頂部にある癖毛──アンテナみたいにぴょんと伸びている髪を掴んで軽く引っ張った。
「った!」
「起こしてあげようと思ったのに。風邪引いても文句いわないでよ」
「あ、ボク寝てたのか…ごめん、ありがとう」
軽い衝撃で軽く覚醒したお兄ちゃんは私の様子をみて、状況を把握したらしい。さっきまでの不機嫌さが嘘のような顔で謝罪を口にした。
「まあいいけど」
「お風呂上がったんだ、もう流した?」
「ううん、何お兄ちゃんまた入るの?」
お兄ちゃんは私より先にお風呂を済ませたはずだった。というよりも、ゆっくり入りたかったから最後を希望したのは私だ。
お母さんが明日は風呂掃除でも、っていってたからお湯は抜かなかった。
「うん、なんか背中汗かいたから」
「へー、あ。お兄ちゃん、お風呂流さないでねー明日掃除するらしいから」
多分明日掃除をさせられるのはお兄ちゃんだけれども、それはいわないでおこう。うん。
わかった、といって浴室へと向かうお兄ちゃんを見送る。そしてその後、お兄ちゃんが潜っていたところに同じように横になった。
時間をみると、大体思っていた時間よりもちょっとだけはやかった。毎週見ているドラマがはじまるまであと二十分。
リモコンを手にして、次々に番組を切り替えていく。特に見たいと思うものはない。
見ようと思っていたドラマの局に切り替える。映っているのはよくあるようなバラエティ番組。
お兄ちゃんがいたころは、よく一緒にテレビをみていたなぁ、とぼんやり思う。
バラエティは嫌いじゃないけれど、大体お兄ちゃんと一緒に突っ込みながらみていたから一人で見ることはあまりなくなった。
寂しいわけじゃない。面白くないわけじゃない。けれど、あまり気が乗らない。自分でもよくわからないような感覚だから、説明なんてうまくできないけれど。
兄が家からいなくなって四ヶ月。特別でもなんでもない時、あ、お兄ちゃんいなかったんだっけと思い出すことが時々ある。
それは例えば学校から帰ってきた時。
帰宅部だったお兄ちゃんは大抵私よりも先に家に帰っていた。
「ただいま」といっても返事がないことはわかっているけれど、多分癖なんだろう。私はやっぱり家に帰ったら「ただいま」っていっている。
それは例えば貰ったお菓子をわけるとき。
四人家族だから、四つ入りだったらちゃんと分けきれるからいいけれど、問題は五つの時だ。あと味が色々違うとき。
そういう時、私とお兄ちゃんでわけたり、取り合いの喧嘩になったりしていた。
だけど今では、お兄ちゃんがいないから食べる量が増えた。好きなものを貰えるようになった。
でも今でも四つ入りのものを貰った時は、分けきれるって思うし、五つ以上だとどういうふうにわけようかな、って考える。
寂しい、というのとはちょっと違う気がする。
私にとってお兄ちゃんがいることは、もう日常でそれが染み付いている。だからお兄ちゃんがいることが当たり前で、私は時々いないということを忘れてしまう。
「あがったーボクの携帯その辺にない?」
ぼうっとしてたらお兄ちゃんがお風呂から上がってきた。
さっきまでお兄ちゃんが握っていて、その辺に放ってあったそれを指差す。
持ち主が居ない間も鳴っていたそれの通知はどれだけになっているのだろうか。
「部屋戻るの?」
「うん、おまえは?」
「私はドラマあるから」
「へえ」
転がっていた携帯を掴んで、お兄ちゃんは部屋へと戻っていく。
時間を見ればもうドラマの始まる時間だった。
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