カムクライズルは退屈だった。
江ノ島盾子の作る絶望に満たされた世界も、カムクラの頭の中の考えをなぞるだけの現実だった。
それは江ノ島盾子が死に、カムクラが未来機関に保護された今でも変わらない。
「ツマラナイ」
口癖になってしまったそれを呟くと、目の前にある端末が起動する。
動かないはずのないそれが、動いたことに驚くことはない。なぜなら、カムクラはそうなるだろうと思っていた。
そして、そこに映るものもカムクラの想像していたとおりのものだった。
何一つ裏切りのないそれらはただ退屈を産むだけだ。そのどろどろとした退屈がいつかカムクラ自身を殺すのだろう。
『いっつもながら辛気臭い顔してんのねえ、カムクライズル』
にやにやと弧を描く赤い唇。それが紡ぎだす言葉もカムクラの思った通りのものだった。
相変わらずの無表情を気にもせずに画面上のデータはぺらぺらと話をする。
その話の殆どがカムクラにとって聞く価値のないただの雑音だったけれど、ただひとつ。たった一人の話題だけ心がざわつくのを感じた。
《苗木誠》──先のコロシアイ学園生活における生き残り。未来機関の一員。
彼はそれなりに有名人で、だからこそ当初まだカムクラ達がただの希望ヶ峰学園の生き残りとされていたときは彼が未来機関側の代表者としてカムクラたちの前に姿を現していた。
しかし、組織からは大事にされているのだろう──絶望の残党と名前を変えてしまったカムクラたちの前に彼が姿を見せることはなかった。
彼が有名である理由と組織からの扱いの理由は同じだ──彼が『超高校級の希望』であること。
カムクラと同じ呼称を持ってはいても、その中身はまるで違う。
カムクラの『希望』が神話におけるパンドラの箱のようなものに対して、彼のそれは多分人を導く『希望』だった。
だから彼の意思とは関係なく、未来機関は彼を『希望』として掲げる。そういうふうにして、未来機関を正義であると人々に認識させるために。
ざわつくのは、多分カムクラの意識の中に残る宿主の微かな残滓のせいだ。非現実だけれども、それ以外には考えられなかった。
そして、そのざわつきがあるからこそ、カムクラは苗木誠という個体を覚えていたのだけれど。
『あ、ちょっと興味でちゃったー?うっぷっぷ、カムクラ君苗木君だぁいすきだもんねぇ?』
「大好きという言葉には語弊がありますが興味を覚えているのは確かです」
その言葉に江ノ島の姿を模したデータは目を丸くしてみせた。
『おやおやおや、ツマラナイっていわなかった!カムクラ君のレゾンデートル崩壊だよ!がっかりだよ!』
カムクラの一言に対して一頻り喚いたあと、ふと本題を思い出したというように江ノ島アルターエゴはにたぁと笑ってみせた。
『ふふふ、ねぇカムクラ。ほしいものがあるでしょ。前ほしいっていってたでしょ。うっぷぷぷぷ!私様は賢くて優しくて美しいので、カムクラ君がほしいっていってたものをちゃぁんと覚えてたんですよう!』
下卑た笑いを浮かべる江ノ島アルターエゴの言葉に、カムクラは小さく息をついた。
ほしいと言った覚えはない。覚えはないけれど、そういうのなら、きっとどこかでいったのだろう。カムクラではない、誰かが。
『おろ、嬉しくないの?つっまんないのー!喜べよっわざわざ私様があんたのために危険冒して敵陣に踏み込んでお姫様攫ってきてやったんだから』
ま、やったの私じゃないけどね!そうケラケラと笑うデータに無表情のままカムクラは呟いた。
「他の絶望と折り合わせのプレゼントですか」
『あらま、カムクラ君すっごーい。よくわかってるう!』
ぱあんといつのまにか手にしていたクラッカーの紐をデータは引いた。
『正解正解だいせいかぁい!うっぷぷぷぷ。沢山の絶望顔を見ることができて私は嬉しかったのです…』
恍惚の表情を浮かべて、江ノ島アルターエゴは自分の身体を抱きしめる。うふふふふ、と一頻り笑った後に彼女はまた思い出した、というように真顔になった。
『で、まあここから本題なのですが。はぁい、おいでませプレゼント!』
ぱぁん、とスピーカーから聞こえる音。二度目のクラッカーに合わせて一人の女が部屋へと入ってきた。
例のクマのお面をつけているためにその顔はみることはできないけれど、その体格と歩き方からするに****だろう。
手には金属製のトレイ。それには蓋が載せてあって中身は見えない。
けれど、中身が何なのか、カムクラはわかっていた。
『はぁい御開帳』
それだけいって、ぷつりと切れた画面。蓋を開いた中には綺麗に整えた生首が一つ。
それをカムクラは無言のまま手にとる。女はトレイをもってまた部屋の外へと出ていった。
何かに導かれるようにして、カムクラはその唇に口付けた。赤く色付いた唇がカムクラのそれを染める。
「ツマラナイ」
感じるのは死の味だけだ。こんなものが欲しかったのか。自分自身ではない自分に呆れる。
退屈だ、そう思った瞬間にカムクラは再び開いた扉にツマラナソウに視線を向けた。

「…ああ、こんなとこにいたんだね」
赤い瞳。長い黒い髪。許しがたい原罪人の姿に狛枝はうっそりと微笑んだ。
彼の手に抱かれる彼の姿に、たまらない嫉妬心が湧き上がる。
「カムクラ君ひどいよね。興味ないっていってたくせに。ツマラナイツマラナイいうんだったらどうして我慢できなかったの?」
手にした鉈を正眼に構えて、狛枝は問いかける。そして、答えも待たずに、距離を詰めた。
「ボクの恋人とらないでよ」
ふりかぶって、勢いをつけたまま薙ぐ。そこに躊躇いや逡巡などはどこにもない。
殺意と嫉妬、憎悪に塗れた目。
「男の嫉妬は見苦しいですね」
「はぁ?横恋慕も相当なものだと思うけど?そんないうなら返してよ」
「コレは僕がうけとったものです。僕が所有権を保有するものです」
だから返す、という言葉は当て嵌まらないと嘯く人工希望に狛枝の殺意はいや増した。
「勝手にボクのところから取っていったくせに。盗人猛々しいってこのことだよね」
「僕は知りません」
「知らないで通ると思ってるわけ?『超高校級の希望』が笑わせるよね」
ざん、と薙いだ鉈がカムクラの髪を削ぐ。その瞬間、ぴたりとカムクラは動きを止めた。
「何してるのはやく逃げなよ」
「コレ以上やっても結果は同じです」
そういって、狛枝の左手に目をやった。記憶の中の手よりも小さく骨ばったそれが力なくだらりと下がっている。
「ふうん?ボクじゃ『希望』サマは殺せないって?」
「いえ逆です」
「…覚悟を決めたってわけ」
諦めいいんだね、と吐き捨てるように呟いて狛枝は哂う。
それに何を返すこともなく、カムクラはただ首を抱きしめる腕に力を込めた。
「じゃあ、さようなら。別の形であってればもしかしたら友達になれたかもしれないね」
「あなたのような友達だったらいりません。ツマラナイ」
勢いよく鉈がカムクラの首を刎ねる。ごろりと落ちた後に勢い良く赤い血が噴き出した。
カムクラの体がその場に倒れ伏す。
身体にかかる赤を気にすることもなく、狛枝はカムクラの抱いていた首をその腕の中から奪い取る。
狂気が滲んでいたものの、そこに浮かぶのは紛れも無く幸せそうな笑顔だった。
「おかえり、苗木クン」
迎えにきたよ、これからはずっと一緒だね。
そういって、狛枝は手にした首を自分の目の前に掲げ、カムクラの血で赤く染まった唇に口付けた。



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