仕事が長引いて、いつもより帰りが遅くなったその日。
送って行こうか、という日向に断りを入れて苗木は一人で家へと帰った。
どうせ家には誰もいないし、そのままお風呂にでも入って寝てしまおう。明日は休みだから雑事は全部明日に回せばいい。
そんなことを考えていたから、玄関の前でにっこりと笑って待っている恋人の姿をみた瞬間、苗木はそのまま後ろを向いて逃げたくなった。
狛枝の顔は整っているし、その性格もよく知っているから、こんなに異様な雰囲気を纏わせて綺麗に笑顔を浮かべているのを見ると、ぞわりと嫌な予感が走る。
「おかえり、まことくん」
心底楽しそうな響き。けれど、そこには確かに不穏な空気も混ざっていて、苗木は自分の嫌な予感が正しいとしった。
やましいことなんてなにもないし、特に約束はなかったはずとこの不穏さの理由を頭の片隅で必死で考える。
仕事が長引いて、こんな時間に帰ってくることも大して珍しいことではない。それを、狛枝は知っているはずだ。
大丈夫、と心の中で一人頷く。問題はない。何も悪いことはしていないのだから、堂々とすればいいのだ。
「……ただいま、凪斗さん」
笑顔を作り出し、今日はどうしたの、とそう言おうとした時に強く手首を掴まれた。そのままリビングまで連行される。
「お願いがあるんだ」
リビングについて、ソファに座らされた苗木へと放たれた第一声はこれだった。
理解が追いつかなくて、ぐるぐると思考を巡らせていた苗木に狛枝は優しく、本当に優しく笑って告げる。
だけどそれを純粋に受け止めることなんて出来なかった。その目の奥に浮かぶ色を見てしまったら、反論なんてできなかった。
「大丈夫、まことくんはただコレを着てくれればいいんだから」
黙っている苗木へと、狛枝は笑って紙袋を渡す。
着て、というからには服なのだろう。着替えようと脱衣所へと向かおうとした苗木を狛枝は笑顔で引き止める。
「どうせならココで着替えなよ」
その目を見ていられなくて、苗木はさっと目をそらした。
いうことをきけば、とりあえずは開放されると紙袋の中をみた苗木は固まった。
「なぎとさん…?」
ぎりぎり、と音がきこえるように苗木はぎこちなく振り返る。
その瞳にうつるのは、いっそ潔いほどに欲に塗れた目をした狛枝の姿だった。
冗談だよね、と苗木の目は語るが、狛枝はそれを無視する。その上、視線で急かすのだ。
はやく、きがえて。袋の中のそれを身に着けて、と。
観念したように、苗木はその袋へ手を突っ込んだ。薄い生地のそれの色は白。
袋から出したそれは、紛うことなき下着だった。
「…なぎとさん」
泣きそうな声で苗木は呟く。しかし、狛枝は何も言わずただ笑って苗木をみていた。
逃げるのは簡単だ。けれど、そのあとのオシオキを考えるだけで苗木の背筋がぞわりと粟立った。
今までも、狛枝の言葉尻にのって、迂闊な約束をした挙句恥ずかしいことをしたりされたり、それを拒否した結果、オシオキと言う名のあれこれをうけたことは何度かある。
それらが次々と苗木の頭に浮かび、そしてそれらを振り払うように首を振った。
(所詮下着、所詮下着…ッ)
これをつけるだけでいい。今までの羞恥行為と比べればなんて易しいことだろうか。
そうはいっても、やっぱり躊躇いはある。恋人同士といっても、正面から見られているこの状態で服なんて脱げない。恥ずかしい。
何度か見られているけれど、それでも羞恥心は消えない。状況が違う。有り得ない。
他の部屋で着替えさせて欲しいといったって、今の狛枝は聞く耳を持たないだろう。感情に油をさすだけだ。
ぐっと心を決めて、くるりと後ろを向いた。
着ていたジャケットを脱いで、ぷつりぷつりとボタンを外す。
感じる視線。見られてる。それがわかるから、恥ずかしくて、泣き出しそうになる。
シャツは肩に羽織ったまま、袖だけを抜く。
学生時代、体育の時に覚えたことを今更活用するなんて思っていなかったけれど。
そこから下着の紐を肩から下ろし、後ろ手でホックの金具をはずす。
外した下着をさっと渡された袋の中にいれて、入っていた下着を手に取る。
レースのついた白一色の下着。胸元には小さなリボンも付いている。触り心地がいいから、それなりの値段がするんだろうと予想がつく。
そうでなくても、狛枝が買ってくるものは、苗木からしてみれば高価なものが多い。
学園時代、それこそ三枚九八〇円位の下着を付けてた苗木を下着屋へと一緒に連れて行って、何枚もお高い下着を買ってくれたことを思い出す。
それからも、胸が大きくなったとかプレゼントとか可愛いのみつけたんだとか、そんな理由で狛枝は何枚も何枚も苗木へと下着をくれた。
それは何も下着に限ったことじゃなくって、服もだったけれど。
だから大体、あの頃の苗木が着ていた服や下着は狛枝の趣味で固められていた。
結構趣味はわかりやすいような気もする、と今迄買ってもらった下着や服を思い出して、溜息をついた。
レースや花柄。色は大抵白かパステルカラー。リボンがオプションとしてつくことも少なくはない。
露出はあることもあるけれど、おおよそは控えめなもの。
それこそ、王道の女の子らしい可愛いものが好きだ。
まことくんは可愛いのが似合うね、とにこにこしながら言われた時はそうかな、と思ったけれど。
肩に紐をかけて、胸をカップに入れ込んで位置を合わせて。
そのまま後ろ手でホックを付けて紐の長さを合わせる。そして、そのままささっとブラウスの袖を通しボタンをとめた。
案の定ぴったりだったサイズにはもう今更何もいうことはない。苗木の情報は、苗木本人よりも狛枝のほうが詳しいということは前から周知の事実である。
そのままの勢いで、スカートを履いたままストッキングを脱いだ。そして、着ていた下着を脱いで袋にしまい込み、新しいものを手にとる。
その瞬間、苗木は固まった。その手の中にあるそれを見て。
どうしよう、と思う。普通のものだったらそのまま着ればいいだけなのに。
スカートを着たままで、これをつけるのは少しだけ難易度が高い気がする。普通のスカートならまだしも、制服はタイトスカートだ。
確実に捲れるし、下手をすると中が見える。このまま紐を結んで普通の下着のようにつければいいだけかもしれないけれど、それだと合わせるのが難しそうだ。
動きを止めた苗木に、狛枝は何も言わない。恥ずかしくて、振り向くことも出来ないから、どういう表情をしているのかはわからないけれど、笑っているような気がする。
意識をはじめたら、狛枝の視線を感じて羞恥心が増してくる。上はともかく、スカートの下は何も履いてないのだ。
「……まことくん、」
そんな風に暫く固まっていると、後ろ ── というよりも、耳元で名前を呼ぶ声がした。
え、と思う間もなく狛枝が後ろから腰を抱きしめる。肩に乗せられた頭の重みと耳にかかる吐息で恥ずかしさはいや増した。
「っ、なぎと、さ」
「恥ずかしいの?」
楽しそうに、狛枝は囁く。その響きには、先程までの不穏な雰囲気はなくって少しだけほっとした。
その代わりといってはなんだけれども、そこにはいやに熱っぽいものが混ざっていて、苗木にもその熱が伝播する。
羞恥が欲へと転換する。どきどきと胸がなる。流されているのは否定できない。けれど、それ以上に今はそういう気分だった。
黙ったままの苗木の手から下着をとって、狛枝は満面の笑みを浮かべた。
「ボクがつけてあげようか」


「…ふ、」
擽ったい。思わず漏れた声を堪える為に苗木は手を口へとあてる。
狛枝の手がスカートの中で動くのがわかるのが恥ずかしい。
そのままソファに座らされて、今の状態になってしまったけれど、よく考えたら自分でつけるよりも遥かに恥ずかしい状態だと思う。
それなのに、拒めないのはあとが怖いから、ということもあるけれど(多分これが九割を占めている)、苗木自身もそれなりに期待しているのだろう。
頭に胸に、欲が灯る。触れて欲しい、傍にいたい。恥ずかしいからそんなこと、口には出せないけれど。
「顔赤いね、」
くすりと狛枝は笑う。少しだけ涙の滲んだ瞳で睨むと、ごめんね、と楽しそうな声が返って来た。
「結べたよ」
両方の紐を結び終わって、スカートの下から出てくると思っていた狛枝の手が、そっと苗木の太腿を撫でる。
「っ?!」
「でもさ、折角まことくん着てくれたんだからボクみたいな」
にこにこと笑う狛枝を拒否することなんてできなくて。反射的に、苗木は頷いていた。
それを見止めた瞬間に、狛枝の手がスカートの下から出てきて、苗木のブラウスへと掛かる。
上から一つ、二つボタンを外すと、苗木の胸が狛枝の眼前へと晒された。
「ぴったりみたいだね、よかった」
かわいいよ、と言って狛枝は胸元へちゅと口付ける。
その刺激でぞくりと背筋が粟立つ。恥ずかしくて、苗木は両手で赤く染まっているだろう顔を覆った。
そんな反応を楽しむように、狛枝は笑いながら素肌に舌を這わせる。同時に、白い下着の上からそのふくよかな胸をふにふにと揉んだ。
狛枝は胸を触るのが好きで、それはずっと変わらない。それこそ、出逢った当初はぺったんこと言えるサイズだったそれは狛枝が育てたと言っても過言ではない。
だからなのか、それとももともとその素質があったのかはわからないけれど、苗木も胸への刺激には弱かった。
震える身体と、漏れそうになる声をどうにかして抑えようとはするけれど、いつだってそれは無駄に終わる。
狛枝から与えられる刺激に勝てた試しなんてない。今だって、小さく喘いでしまう声を抑えようと手で塞ぐけれどやっぱり漏れてしまうし、身体は刺激に反応してしまう。
恥ずかしくて、居たたまれなくなって身体を小さくする苗木を、けれど狛枝は心底愛しいといったような瞳で見ていた。
「かわいい」
くすくすと笑う狛枝の息が、長目のその髪が肌に触れる。そんなことすらも快感へと変わってじりじりとした熱を生む。
はぁ、と耐えるように苗木が息をつくと、狛枝は楽しそうに笑った。

「まことくん、こっち」
暫く苗木の胸を弄んだ後、狛枝は苗木の上から降りてソファに腰掛ける。そして、くったりとなった苗木へとこいこいと手招いた。
それに誘われて流されるまま、苗木は狛枝の上にちょんと座る。
「スカートあげて、」
言われるがまま、狛枝の上にのった苗木に、狛枝はそんなことを笑顔で言った。
消えない羞恥で動けない苗木に、狛枝はもう一度優しく囁く。
「ね、まことくん。スカートあげて。パンツ見せてよ」
言っていることは中々最低だけれども、それに反論できるだけの冷静さなんて苗木にはなかった。
あるのは羞恥と、熱と、欲。
恥ずかしい。だけど確かに苗木はその先を望んでいた。
それは狛枝も同じ事だろう。口には出さないし、顔にも出さないがその下半身は正直だ。ズボンの下で膨らんでいる狛枝自身が確かに見て取れた。
しかし今のままでは、自分から手を出すことはないだろう。
暫く、うーだとかあーだとか、そういうことを呟いて苗木はそのままの位置で膝立ちになり、そろそろと着ていたタイトスカートの裾を上げる。
露わになる太腿に空気が触れた。その感触も、今の苗木にとってはただの欲を煽るだけの快感へと変わっていく。
狛枝の視線がスカートが上がるのに比例して上がっていくのに気付いたけれど、その時にはもうその眼前に下着を晒していた。
「こういうのも、似合うねまことくん」
狛枝はその太腿へと手を這わせて顔を近づけていた。
「かわいい、」
狛枝の息遣いが、ひやりとした指先が、露わになった太腿へと触れる。
ぞくぞくとする感触が背筋を駆け上がりそのまま座り込んでしまいそうになるけれど、狛枝が支えているせいでそれもできない。
「な、ぎとさ……」
声を震わせて苗木は狛枝の名前を呼ぶ。けれど狛枝はそれには答えず、舌でべろりと太腿を舐めた。
「ひぁっ…」
スカートを持ち上げているために、声を抑えることも出来ず、思わず漏れた声に苗木はぎゅっと目を瞑った。
それをみて、狛枝は気を良くしたように笑い、更に舌を這わせる。足の付根から太腿、そして内側も。
冷たい指先と感じる息遣い、そして舌の這う熱で苗木の頭の中は既に一杯になってしまっていた。
漏れる甘い声と、ぴちゃぴちゃという唾液の音が室内に響く。くらくらとする頭ではもう何も考えることなんて出来ず、苗木はただ狛枝から与えられる感触に翻弄されるがままだった。
「ぇ……っ?」
それは、苗木にとっては本当に突然のことだった。熱さを感じなくなったと思ったら何かを引っ張るような感覚に思わず目を開けた。
「やだ、それ……や……」
制止の言葉など聞かず、しゅるり、と狛枝は口で下着の紐を引く。
ぱらりと紐の解けた下着は、中途半端に脱げて苗木が動くのに合わせてゆらゆらと揺れていた。
「やらしいね」
「え」
ぽそり、と呟いた声は聞こえなくて、苗木は思わず聞き返す。
「ボクまだ触ってないのに、まことくんほら……」
狛枝の指が、苗木の下着に触れる。今迄直に触れていなかったはずのそこは、すでに濡れていた。
人差し指で下着の上からそっと割れ目部分をなぞる。じわりと滲む水分に、狛枝は薄く笑って呟いた。
「濡れてる、胸かな、それとも見られたから?舐められて感じちゃった?どれにしてもまことくん本当」
いんらんだよね、
その言葉で苗木の顔はさっと朱に染まる。それをみる狛枝の顔は、ただ只管欲にまみれていた。それは例えるなら捕食をする獣のようで。
ぞくぞくと背筋が震える。羞恥も含んでいたけれど、そこにあったのは確かな期待だった。
「まことくん、立って」
だから逆らえない。言われるがままに、苗木は狛枝の上から降りてソファの横に立った。
「そのままスカート脱いで」
そのまま狛枝のいうことに従って、腰のホックとファスナーを外してすとんとスカートを落とした。
晒された下着姿を狛枝は何も言わず、嬉しそうに眺めている。
「……まことくん、おいで」
そっとその手を引いて狛枝は苗木を自分の元へと引き寄せる。
その腕に逆らうことなく、苗木は狛枝の膝の上に座る。さっきよりも近い距離。
視線が絡んだ瞬間、ふ、と狛枝は笑顔を浮かべた。
ぎゅうと抱き締められて、そのまま口付けられる。
唇をなぞる舌先を、薄く開いて迎え入れる。さっきまで苗木の肌を侵していた熱さよりも今、苗木の腔内にあるほうが熱い。
優しく腔内を撫でるようなその動きに、苗木はぎこちなくこたえる。
粘着質な音が室内に響くまでに時間はいらなかった。濃厚な口づけに空気が足りないと思う。
苦しくて、どんどんと胸を叩くと狛枝は笑って解放してくれた。
はあはあと息継ぎに必死な苗木を眺めながら、狛枝の手が苗木の胸へと伸びる。
「ひゃ……っ、」
白いレースの下着ごしに胸を揉まれると、苗木の口から小さな声が漏れた。
思わず抑えようと口元に手を当てようとしたけれど、それは狛枝によって妨げられる。
再びの口づけ。今度は最初から深いものだった。荒々しく犯すような動きに口端から唾液が零れる。
胸と、腔内、両方への強い刺激でもう考えることなんてできなかった。
ただ、熱くて、欲しくて。ぎゅうぎゅうと締め付けるような胸の奥も、疼くような下腹部も。
とん、と肩を叩く。一度、二度でははなしてくれなくて、数回叩いてやっと狛枝は名残惜しげに唇を離した。
唾液の糸が互いの唇を繋ぐ。狛枝はぷつりと切れたそれを舌で舐めとって、薄く笑った。
「……どうしたの?」
その声に、ずくんと身体の奥が疼いた。
羞恥心はまだある。だけど、それ以上に欲しかった。
よくよく考えてみれば、こうやって触れ合ったのは久しぶりな気がする。
忙しいといって約束も交わせないままだった。最後に抱かれたのはいつだろうか。
気付いてしまったら、最後だった。奥で烟っていた欲が、頭を焼いていく。

「……なぎとさん」
小さな声で名前を呼ぶ。
苦しい、熱い。それを抑えられるのは、たった一人だけだと、苗木は知っている。
欲を溶かしこんだような色の瞳で真っ直ぐ見つめる狛枝は、何も言わずに笑って苗木を待っている。
なぎとさん、と、喉を震わせて、もう一度名前を呼んだ。
「なあに?まことくん」
優しい声。そこに混じる息遣いはそれこそ情事中のものとよく似ていて。
はぁ、と息を漏らして苗木は、狛枝の肩に置いた手に力を込める。
「……      」
一言。ただそれだけを聞いて、狛枝は嬉しそうに笑った。











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