未来機関での年明けパーティ。
二次会が終った後まことくんを迎えにいったらなぜかボクまで巻き込まれて、気が付けばもう午前様。
お酒の力でとても可愛らしく笑うまことくんに理性が飛びそうになりながらも、ちゃんと家まで連れて帰って来たボクは偉かった。誰も褒めてくれないだろうから自画自賛。
日向クンあたりだったら、呆れたように目線逸らして「…よくやったな」ぐらいはいってくれるだろうか。別に褒めて欲しいわけじゃないけれど。
まことくんはお酒に弱いわけじゃない。酒量だけでいったら大分飲める方だと思う。
だけど、アルコールが入るとふわふわした気分になって楽しくなるらしい。
「大丈夫だよ」そういいながら次々にコップを空にしていくから、見てるこっちはちょっと気が気でない。
飲めるけど、酔っぱらい。まことくんの所謂ふわふわした状態は可愛い。本当に可愛い。柔らかい身体を押し付けてきたり、上目遣いで「ダメ?」とかいわれるとボクの理性は容易く崩壊する。
本当だったらボク以外の前では飲まないで、といいたいところだけれど(実際いった)、霧切さんや日向クン曰くその状態になるのは、大体ボクのいる所。そして気心知れた相手のいる所。ということだからまだよしとしよう。
でもどうやら、ふわふわして楽しくなっていても理性は残っているらしい。前にそのことを突っ込んだら顔を真赤にして布団に潜り込んでしまった。
あの可愛い状態は詰まるところただ甘えているだけということだ。本当に可愛い。
鍵を取り出し、玄関をあける。着いたよ、と声をかけるとまことくんはにこっと笑ってボクの方を向いた。
そんな屈託ない笑顔にボクは今までの疲れが全部飛んでいくような気がした。
その辺にあったお酒のブレンドを罰ゲームと称して飲まされたことだとか、十神クンのいつもの説教に付き合わされたことだとか、そんなことも今となっては瑣末事だ。
「ただいま!凪斗さん」
「はい、おかえりなさい、まことくん。ほら座って。靴脱がなきゃ部屋入れないよ」
返って来たのは、はあい、という良い返事。
そして、ボクが言うとおりにすとん、と玄関先に腰をおろした。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、まことくんがちょっとだけ足をあげる。ボクはそれを大事に受け止めた。
足首にくるくると巻かれている白いリボンを解いて、まことくんが履いていたちょっと高めのヒールのパンプスを脱がす。もう片方も同様に。
「終わりましたよ、オヒメサマ」
「ありがとう、おうじさま」
靴が脱がし終わって、恭しくその足を下ろす。普段こんなことは絶対させてくれないし、よしんば出来たとしてもこんなやり取り有り得ない。
素面の時だったら、顔を真赤にして「凪斗さん何言ってるの!ぼくオヒメサマなんて柄じゃない!」って怒られるのが関の山かな。でもそれも可愛い。今度やってみよう。
そんなことを考えながら、くすくすと笑ってるまことくんを抱き上げた。ぎゅっとしがみついてくるまことくんが愛しい。
「ドレス脱がなきゃ皺になっちゃうよ」
流石に玄関先でドレスまで脱がす訳にはいかない。
白いドレスはシンプルだけど、だからこそまことくんの可愛らしさが引き立つもの。
一ヶ月前の霧切さんからのメールを思い出す。
苗木さんに服を買ってあげて。
白色。可愛らしいもの。新年にふさわしいもの。
端的なそれだけのメール。それでもボクには新年早々の未来機関のパーティに着ていくドレスのことだってすぐにわかった。
そのメールは霧切さんからの優しさだった。ボクに対して、というよりもまことくんに対しての。
ボクはまことくん絡みの事になると心が狭いと自負している。
それなのに、まことくんが他の人からドレスなんて送られた日にはきっとそれをボクはズタズタに切り裂くだろう。
そんなボクの心の中なんて多分知らないだろうまことくんはそれを見てきっと怒る。そしてとても悲しい顔をするのだ。
その結果、ボクと喧嘩になって、最終的に酷く落ち込むのだろう。
それを見越していたのだろうか。さすがは元『超高校級の探偵』とメールを見た時に思ったものだ。
ボクが選んだドレスを見た霧切さんは何も言わずただ頷いてくれた。
「大丈夫ー」
そんなことをいいながら首元にぎゅっとしがみつくまことくんの口元からは甘いお酒の匂いがした。
今にも千切れそうな理性の糸を必死で縒り合わせる。限界は近い。正直に言えば溜まってる。
それでも、ボクが堪えようとしているのは単にまことくんのため。連日の仕事で疲れているまことくんに無理をさせられないと思うからだった。
まことくんは今日までずっと仕事詰めだった。
それも単なる通常業務ではなく、未来機関の中でも緘口令が敷かれるほどの異常事態。だからボクはその内容を知らないし、聞いてもいない。聞いても多分教えてくれないだろうけれど。
一緒の家に住んでいるはずなのに会話どころか起きて動いているまことくんを見たのはいつだったっけ、というぐらい、ここニ、三週間のまことくんは忙しそうだった。
理由があるのは知っている。理解はできる。納得もした。
まことくんは『超高校級の希望』だ。もう高校生といえる年なんてとうに過ぎているけれど、結局そういう旗印は大切らしい。
未来機関の方針だとか、考えだとか、ボクは知ったこっちゃないけれど、まことくんとしてはそれが必要であるなら、と随分献身的だ。もっといってしまえば自己犠牲が過ぎる。
それに対していいたいことはそれこそ山のようにあるけれど、多分彼女は言ったって聞きはしない。なんだかんだでまことくんは頑固だ。
そんな彼女に与えられた久々の休日が明日。理解ある恋人としてはゆっくりさせてあげたい気持ちが一番だった。
それなのに、腕の中の可愛い恋人はその気持ちなんて知らないよ、とばかりにボクを煽る。
わかってる。まことくんにそういう意識がないのはわかってるんだ。ただ甘えてるだけだってこと。
わかっていても、身体は正直だ。健康的な二十代男子の悲しい性。
酔っぱらいのすることと呆れることができたら多分簡単なんだろうけれど、それが何より難しい。
「ついたよ…ドレス──」
「…凪斗さんが脱がして?」
ベッドの上に優しくおろす。ドレスを脱がないと皺になるよ。そういおうとしたボクの言葉は、まことくんの発言によって見事に撃ちぬかれてしまった。
まことくんは甘えるように手をボクのほうに向ける。
無理、なんていえるはずがない。まことくんに反論なんてできるはずないんだから。
理性、我慢、平常心。そんなことを心の中で呟きながらボクはまことくんに向かい合うようにしてベッドにのぼった。
まるでプレゼントの包装を剥いでいくような感覚を抱くけれど、中身を貰えるわけじゃない。勘違いしてはいけない。
そんな風に自分を戒めながら、首の後ろに手をまわしてリボンを解こうとする。
その瞬間だった。
「…まことくん?」
しゅるり、とリボンの端を引っ張った時。まだリボンが解ける前。
とん、と軽い衝撃とともにボクの視界が反転する。
気がつけば、白いドレスを着たまことくんがボクの上にいた。
「…ええと、まことくん。ドレス脱がせない、よ」
危険信号。縒った糸が千切れそうになるのを感じて、ボクは必死で言葉を紡いだ。
勘違いするな。我慢。理性。平常心。まことくんは酔って甘えてるだけなんだ。
けれど、そんなボクの理性を容易く飛び越えてくるのがまことくんだって、ボクは多分その時忘れていた。
「…────」
「まことくん?」
ぽつり呟いた言葉はあまりにも小さすぎてボクの耳には届かない。
ボクが名前を呼ぶと、まことくんは真っ赤に染めた顔をボクに近づける。
「…あの、ほら、…おしょうがつに、さ」
まだちょっと酔ってる時の甘えたような口調。それでも、意識ははっきりしているから顔が赤いんだろう。
「…はじめて、…その、する、とき、みたいな…」
もごもごと、どんどん小さくなっていく声。
それが意味すること。勘違いでなければ、思い上がりでなければそれはたった一つだ。
ゆっくり休ませてあげたい、疲れをとってもらいたい。そう思う気持ちも嘘じゃない。
それでもまことくんが。まことくんが求めてくれるのならば、ボクの薄っぺらい理性やお為ごかしの理解なんていらないだろう。
「…いいの?」
ただボクのききたいことを端的にあらわしたその一言に、まことくんは小さく頷いた。
皺になったらいけないから、とまことくんが着ていたドレスもボクが着ていたスーツも今はしっかりハンガーにかけてある。
本当ならば皺になってもクリーニングに出すか、もしくは捨ててしまって新しいものを買えばいいと思うけれど多分それをまことくんは許してくれない。
だからもうすっかりその気になっていたボクの気持ちは少しだけお預けをくらった気分になっていた。
二人、ベッドの上で下着姿で向かい合うと、妙にかしこまった気分になってしまう。
「…えっと、あの…凪斗さん」
「なに?」
もごもごと口淀むまことくんはさっきまでの甘えた様子が嘘のようだった。さっきまではお酒の力で頑張ってたけど今は羞恥心が勝っているということだろうか。
顔を真赤にして、ぎゅっと自分の手を握ってまるで今から何か大事なことを告白します、といった覚悟さえ漂わせている。
「…今日、は…凪斗さん、の、好きなように、してほしい、です」
「…………は?」
思わず漏れた声。それにまことくんははっとして、大きな目でこっちをみていた。
「やっぱ──」
「まことくんそれは違うよ?!いやなわけじゃないし別にまことくんが欲しくないわけじゃないんだよ?!」
それはなし、なんて言われたくなくってボクは必死にさっきの声について説明をする。多分まことくんのことだから呆れられたとかそういうふうに思ってるんだろうけど、全くの逆だ。
「まさかそんな風にいわれるなんて思ってなくて、…本当にいいの?」
弁解と、確認。まるで吐き出すようなそれに、まことくんは真っ赤になった顔をそっと伏せてこくりと一つ頷いた。
好きなように、と言われたけれど、ボクはまことくんを抱ければそれでいいわけで。
取り敢えず、とばかりにその唇にそっとキスをした。
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