希望ヶ峰学園の寮には各部屋についているシャワールームの他に皆ではいるための大浴場がある。
体育祭の練習が終わって、78期生の女子生徒は皆一緒に大浴場にきていた。
「苗木ーまた胸おっきくなったんじゃない?」
「え?ひゃっ!」
朝日奈はいきなり後ろから手を回して、苗木の胸を掴んだ。
最近、体育の時間や入浴中など男子のいないところで朝日奈は苗木の胸をよく触っている。
確かに最近苗木の胸は徐々に大きくなっていた。
入学当時はぺったんこといって差し支えなかった彼女の胸は、今やあまり目立たないとはいえ十分に大きいといえるサイズまで育っていた。
「んー、CかD、ぐらい?アンダー細いからけっこうあるでしょー」
「苗木さんのくせに生意気ね」
「苗木さん、苗木さん!今度一緒に下着買いに行きましょう!」
「…っあさひなさっ」
苗木の真っ赤な顔に朝日奈はぱっと手をはなした。若干泣きそうだ。
目が潤んで、顔が真っ赤で。同じ女の子なのに──。
「…苗木さん」
「うふふ、霧切さん、それはダメですよ」
ふらふらと苗木の元に行こうとした霧切を舞園が止める。
その顔は紛うことなきアイドルスマイルだったのだがどこか薄ら寒ささえかんじさせる笑顔であった。
空気の読める何人かはそれを直視できずにさっと目を逸らす。
「ねえ苗木ーあんたなんでそんな胸でっかくなったの?」
「えええ?!」
そんな中、飛び出した江ノ島の疑問に苗木はわたわたと狼狽えた。
その狼狽えっぷりから、なんとなく想像はついた。ついてしまった。
「えっと、多分毎日2Lずつ牛乳飲んでたから、かな…?」
顔を赤く染め、こてんと首を傾げながら小さく苗木が呟いた。
その理由に、聞いていたクラスメイトの半分ぐらいは以心伝心とばかりに内心「嘘だ」と突っ込んだ。
更に何人かは顔を赤らめて俯き震えていた。
身長を伸ばす為といって、苗木が毎日牛乳を飲んでいるのは周知の事実だ。
しかし、結局身長は伸びていない。育っているのは胸だけだ。
──それも確かに理由の一つではあるだろう。
「えー、先輩におっきくしてもらったんじゃないのー?」
にやにやと、江ノ島は他の人が言えなかったことをあっさりと口にする。
それをきいた皆の反応は、というと、顔を真赤に染めるもの、眉間に若干の皺を寄せながら苗木を見つめるもの、満面の笑みを浮かべるもの、と様々だった。
苗木は、というとそれをきいて、先程よりも更に顔赤くして口元までお湯に浸かった。
先輩、とは苗木が一年程前から交際をしている二期上の【超高校級の幸運】、狛枝凪斗のことだ。
くっつくまでに時間がかかり、進展するのにも時間がかかったが、一度進んでしまうと後は早かった。
首元や胸元に跡がついていることも何度かあった──その度に様々な揉め事も起きていたが。
それを指摘する度に瞳を潤ませて顔を赤くするものだから、苗木は面白がる江ノ島やクラスメイトたちの格好の玩具となっている。
むにむに、と自分の胸を揉みながら朝日奈が首を傾げる。
「本当におっきくなるのかな?」
「あ…アンタ、まだそれ以上…む、胸を増やそうっていうの…!?」
「胸なんて邪魔なだけですわ。…負け惜しみじゃないですわよ」
「ね、ね、苗木ー、どんなふうにしておっきくしてもらったのー?私超興味あるんだけどー」
胸の大きさについて、クラスメイトたちが思い思いに話しだす。自分の胸、人の胸、やはり女の子か。それなりに気になるようだった。
にやにや、と前から指をわきわきとさせて江ノ島が近寄ってくる。苗木はぱっと自分の胸を腕で覆う。
「つーか、揉ませて?」
「い、いやだよ!」
「よいではないかーよいではないかー」
「やめ!ちょ…っえのしまさ…っ!」
***
「…というわけだから、凪斗さんが悪い」
土曜日。
学校の授業がない休日に、苗木誠と狛枝凪斗は狛枝の部屋で二人正座で向き合っていた。
元々デートをしよう、と約束をしていた二人だったが、苗木が言いたいことがある、と狛枝の部屋に押しかけたのだ。
苗木は、人前で話すような内容ではないと思って狛枝の自室を選んだ。
苗木の部屋でもよかったのだが、今までの経験からして部屋を物色されるのが目に見えている。
部屋に一人になった時に物がなくなってるという経験に慣れてきたとはいっても、決して喜ばしいものではない。
恋人同士になってから、というよりも一線を超えてからの狛枝の行動はあまりにも目に余るものばかりである。
人前でも接触過多なところは友人だった頃からの名残だからまだいいとして、苗木に対する独占欲、変態行為など一つ一つ挙げ連ねれば切りが無い。
それであるから、周囲の人間からは別れろだのだからやめとけっていったんだだの見事に反対意見ばかりをもらっている。
しかしながら、それを否定するぐらいには苗木自身も狛枝のことを好きであるし、何よりもう慣れてしまっていた。
それって母性本能かストックホルム症候群じゃないの、という友人の言葉が否定できないのが頭の痛いところだが。
そして、狛枝の行動に慣れたからいっても、狛枝とのことで級友達にからかわれることまで慣れたわけではなかった。
苗木は、どちらかというと純情な女子高生なので、そういう恋人同士のあれやこれやを表に出すことを恥ずかしいと思っている。
──実際は、やることやってるくせに性的なことに対しての恥じらいを捨て切れない苗木の反応をおもしろがっているのだが。
苗木はそれらのことをとくとくと説明した上で、恋人への苦言を口にした。
「え、でも今更じゃないかな?」
それに対して、狛枝は正直に答えた。
狛枝は苗木の体に触るのが好きだ。
手を握ったり、距離を詰めたり、肩を抱いたり、抱きしめたり──それは、二人の関係が恋人同士と呼ばれるよりも前からのことだった。
まだ、友人だった頃は、それに対して、友人同士の距離じゃない、と級友たちから口々に言われ、苗木も狛枝へと注意をしていた。
しかし、恋人同士となってからというものその接触は更に増えた。
後ろから抱きしめて、首筋にキスをする。
横に座っている時に、そっと足を撫でる。
割と理由もなく、胸に触る。
二人きりの時はまだいいが、狛枝はそれが人目のあるところであっても気にすることはないから質が悪い。
注意をしたところで、「ボクたち恋人同士だよね?恋人に触れたいって思うのってそんなに悪いことかなぁ…?そっか、まことくんはボクみたいなゴミクズみたいな奴が恋人だって思われたくないんだよね。ごめんね、気付いてあげられなくって。まことくんは優しいから──」と、常通りのもはやテンプレートと化してしまった卑屈な言葉を呟くものだから、苗木も条件反射のように「それは違うよ!」と返してしまって、結局根本的な解決はされていないまま今に至る。
「ねえ凪斗さん、時と場合って、あるよね?」
苗木も狛枝に触られることがいやなわけではない。寧ろ好きだといってもいい。
しかし、人前で、となるとどうしても羞恥心を捨て切れない。無理だ。苗木は普通の女子高生なのだ。人前でいちゃいちゃいちゃいちゃできるほど盲目になりきれない純情なのだ。
二人きりの時だったら、照れてしまうが基本的に全部を受け入れている。それもこれも狛枝からの愛情だと知っているからだ。
だが、狛枝には理解できなかったらしい。首を小さく捻ってうーん、とちょっとだけ考えたあとに。
「なんで?」
苗木の言葉に狛枝はきょとんと本当に不思議そうに尋ねた。
その心底不思議そうな色の浮かんだ瞳をみて、苗木はばん、と机と叩いて腰を上げる。
そして、今日こそいおうと決めていた言葉を吐き出した。
「…っはずかしいんだよ!?凪斗さんとの関係がじゃなくって、人前でキスしたりとか足撫でたりだとか、む、むねさわったりだとか!凪斗さん他の人気にしてないとかいうけどボクは気になるの!恥ずかしいの!」
ちょっとだけその目には涙が滲んでいる。真っ赤になった顔で正座したままの狛枝を見下げる苗木に、狛枝は思い切りがっかりした表情になった。
「ダメなの?」
首をちょっとだけ傾げて苗木を見つめる。じっと見つめられて、苗木は居心地が悪そうに少しだけ目を逸らした。
すとん、とまた腰を下ろしてうろうろと視線を彷徨わせる。
「う…、あんまり恥ずかしいのは、ダメ」
「どこまでだったら大丈夫?キスはダメ?」
「だ、ダメだよ!」
「えー、ほっぺとかだったらいい?だって、こないだ舞園さんもまことくんのほっぺたにキスしてたよね?友達の舞園さんがよくって恋人のボクがダメってことはないよね?」
「…う、…ほっぺなら、いいよ」
狛枝の言葉に、苗木はどこまで大丈夫かの線を引いていく。
実際に線を引いているのは苗木だが、それらのほとんどは狛枝の誘導尋問の結果だ。
「…じゃあ、気をつけるね。ごめんね、気付いてあげられなくって」
接触の範囲を決め終わり、にこりと狛枝は笑う。
今までの膠着状態が嘘のようにあっさりと片付いたことにひっかかりも覚えたが、とりあえず少しは自制してくれるだろうとほっと一息をついた。
「人前じゃなかったら、今までみたいにまことくんに触ってもいいんだよね?」
笑顔を浮かべて、狛枝は机に置かれていた苗木の手を握った。
その言葉を聞いて、苗木はもう一つの話題──本当はこっちが本命だ──を思い出す。
「…胸が、大きくなってきて、皆が、凪斗さんの、せいじゃないかって…」
恥ずかしそうに、ぽつぽつと苗木は呟く。
その言葉に狛枝の視線は苗木の胸へと移動した。
服を着ているときにはあまり気付かれないけれど、服の下の膨らみを直にみて触れたことのある狛枝はその大きさを知っている。
「牛乳飲んでたからっていうのは」
「…それじゃ納得してもらえなかったんだ…」
顔を真っ赤にして俯く苗木を狛枝は申し訳ない表情を浮かべて──などいなかった。
苗木が俯いていて、狛枝の顔が見えないのは幸運だったのかもしれない。
狛枝は、真剣な声とは全く対照的に欲望に塗れ、恍惚とした表情を浮かべていたのだから。
苗木の胸が大きくなっていることは多分、他の誰より狛枝が一番良く知っている。
一線を超えてからというもの、殆ど毎日といっていいほど苗木の胸を触っているからだ。
後ろから抱きしめた時や、抱き上げた時など、触れる機会は意外と多い。
徐々に大きくなっていく胸のサイズも希望観察日記(付き合ってからは苗木のことばかりを書いている)にちゃんと記しているし、下着のサイズが変わった時には一緒に下着屋へといっている。
小さな胸も良かったが、今の適度に大きなサイズもまた良いものだ。
結局、大きかろうと小さかろうと苗木の胸というだけで、好意の対象になるのだから実際にサイズは関係ないのだけれど。
「…凪斗さんが触るからだって」
そっと、顔を上げて狛枝を見遣る苗木に狛枝はにっこりと笑った。
「まことくんはいやなの?」
「え、あ…いやっていうか、…その」
もじもじと指を動かしてまた俯いてしまった苗木の手を一時離して立ち上がる。
耳や首まで顔を赤くさせた苗木はまだ気づいていない。
「えっと、…ううう」
唸っている苗木はそのままに、狛枝は部屋の鍵を閉めた。そして、苗木の後ろに回る。
「ひゃっ」
後ろからいきなり抱きしめられた苗木は小さく声を上げた。
にこにこと笑いながら、狛枝は足で苗木の体を挟み込むようにして座る。
「ごめんね、びっくりさせちゃった」
全く悪びれない様子で謝罪の言葉を口にした狛枝は、いつものように下腹部に手をあてて、苗木の頭の上に頭をのせる。
「ねえまことくん。胸大きくなるのいや?触っちゃダメ?」
後ろから抱きしめているから互いに互いの表情は見えない。
だけど、狛枝には今苗木がどんな顔をしているか大体想像がついていた。
恥ずかしさでいっぱいになって泣きそうだけど、イヤじゃないから否定出来ない、というところだろう。
なんだかんだで、苗木も触れられるのが好きだということは狛枝も知っていた。
知っているからこそ、あんなにも接触を重ねていたのだから。本当に苗木が嫌だと思っているのなら、狛枝はその通りにするだろう。
「ね、まことくん」
耳元で囁くと苗木の体がぎゅっと縮まった。
返事のない苗木に焦れたのか、狛枝は下腹部にあてていた手をそっとパーカーの下へ潜り込ませた。
更にシャツの下まで手を差し入れて直接素肌に触れる。
苗木は今も体を縮こまらせているが、狛枝の手を止める様子はない。
大体、苗木の考えていることはそんな様子からわかっているけれど、狛枝としては直接聞きたかった。
さあ、なんていってくれるだろう、そう思いながら狛枝は欲に塗れきった表情を浮かべて手を腹から胸へと撫で上げた。
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