苗木誠には最近ちょっとした悩みがある。
気にしなければよかったのだが、気づいてしまってからはどうにもこうにも意識をしてしまってしょうがない。
自意識過剰じゃないかとも思うし、考えすぎじゃないかとも思うのだが、普通の中の普通、学園一の普通を自認する──嘘ではない、少なくとも希望ヶ峰学園内で、自分より普通で平凡な生徒はいないと自信をもっていえる──苗木には、開き直れるほどの自信も誇りも持ってなかったのだ。
その悩みはちょっと前に友だちになった先輩のことである。
78期生である苗木より2期先輩となる76期生。
同じ「超高校級の幸運」と呼ばれる狛枝凪斗その人が、目下苗木を悩ませる原因であった。

同じ「超高校級の幸運」といっても、どっちかといえば「超高校級の不運」じゃないか、といわれる苗木などとは違い、狛枝は本物の「幸運」をもっている。それは諸刃の剣となり得るもので、今までの幸運をあげていく授業──「超高校級の幸運」は集められて同じ授業を受ける時間があるのだ──できいた彼の幸運(とそれに対応する不幸)は普通で平凡、希望ヶ峰学園に入ったことが一番の幸運といえる苗木にとって、あまりにも現実味のない話であった(そして大変どんびいた。普通有り得ない)。その才能に関して狛枝はクソみたいな、ゴミクズみたい、と形容することからしてもあまり好んではいないようだ。さもありなん。
才能だけではなく、自虐的に話すのが癖なのだろうか、と思うぐらい自然に狛枝は自分自身を卑下する台詞を口にする。
その度にそれは違うよ!と否定するが、治る気配は微塵もない。普通、平凡を絵にかいたような苗木と違い、狛枝自身は超高校級の才能を持つ希望ヶ峰学園の生徒達と遜色ない容姿や頭脳をもっている。狛枝は様々な才能を持つ生徒たちの中で、大体において上位の成績をとっているのだ──本人にいわせれば運がいいだけ、とのことだが時として過ぎた謙遜は嫌味となりうる。
更に重度の超高校級の超高校級マニアであり、大分行き過ぎた希望信者でもある。自分以外の希望ヶ峰の生徒を希望と呼び、彼らが輝くためならどんな犠牲も厭わないと公言している。そのため、クラスに友人はいない。友人がいないというか、狛枝自身が「超高校級のみんなと友人なんておそれおおいよ!」というので、そういうことになっている。自虐的でちょっとアレだけど、基本的には穏やかで優しい奴というクラスの見解はそのまま、でもあんまり近づきたくないなぁという本音を交えて、クラスメイトとしてはそれなりの交流があるが、プライベートに交流するぐらい親しい友人はいないという現状を作り出していた。

そんな狛枝のどんなところが苗木を悩ませているかというと、狛枝と苗木の間の距離感である。
お昼は一緒に食べるために授業が終わると苗木の教室までむかえにくる。
そして、向かいあいながらお昼を食べる。
夜も一緒に過ごそうと寄宿舎に遊びに来る。
なぜかやたらと目が合う。
頭をよくなでられる。
ちっちゃくてかわいいよね!といいながら抱きしめられる。
というかスキンシップがやたらと多い。
そのくせ手とかが不意に触れるとやたら照れる。
誘いを断ると泣きそうな顔をする。
友人と一緒にいるとスキンシップがちょっと増える。
えとせとらえとせとら。
普通の女子生徒ならば、自分に気があるのかと意識をはじめるだろうが、苗木は違った。
はじめての友人だし、たった一人だし、それでちょっとスキンシップ過剰になってるだけなんだろうな、と思っていた。
友人である霧切響子に「あの人は苗木さんの恋人?」と問われた時には「それは違うよ!」と即答したものの、よく考えるとこれは友人同士の距離感ではないのだろうか。とはじめて苗木は疑問に思ったのであった。
確かに、同性ならまだしも、異性間の友人としてはちょっと距離が近くないだろうか──今まで他の人にはどう見えていたのだろう。
超高校級の探偵である霧切に恋人なのか、ときかれたということは他人の目線から見ると友人同士のそれではないということではないのか。
その考えに至った時、今までのことを思い返すと一気に気恥ずかしさが襲ってくる。
狛枝さんは仲の良い友達として接してくれるのにごめんなさい、と妙な罪悪感まで覚える始末だ。
そうじゃないんです、そうじゃないんです。と周りの人に弁解してまわりたい。
しかし、狛枝との距離感は変わらないまま、苗木はそんな悩みを誰に吐き出すことも出来ず一人でぐるぐるとしていたのだった。

──そしてとうとう、耐え切れなくなった苗木は狛枝にあまりにも近すぎるのではないか、と問いかけた。

「ボクは今まで仲の良い友達っていなかったんだ。苗木クンが、ボクにとってはじめてでたった一人の大切な友達なんだよ。だから、ちゃんとした友達の距離ってわからないんだ。ごめんね。ボクみたいなゴミクズのような人間がキミの友達って名乗ることさえも烏滸がましいんだけど、ボクはキミが大切で大好きで一緒にいたいんだ。でも、キミが迷惑だっていうのなら、ちょっと自重するようにするよ。こんなボクがキミのすぐ近くにいるなんて許されないよねそうだよね」

こういわれて、じゃあ距離をおきましょう。などと、超のつくお人好しの苗木には言えなかった。
「それは違うよ!」と否定して、やっぱりそうだよね、狛枝さんははじめての友達で友達としての距離感がわかんないだけなんだな。と自己完結させた。
しかし、他の人に誤解されるのも困るな、と思ったのでちょっとだけ考えて欲しいなぁ…と思ったが、それはとてもとても嬉しそうに笑った狛枝をみてそれすらも言えなかった。
まあ、やっぱりこういう人なんだよねと一人で納得して、今まで通りに(時にはちょっと近いですという意見を言いつつ)過ごしていた。クラスメイトの舞園や朝日奈、不二咲にも同じようなことを聞かれたが、「ちょっと距離感近いけど友達だよ。狛枝さんはそういう人なんだよ」と返事をしておいた。苗木にとってもちょっとヘンだけど優しい先輩であり、仲の良い友達なのだ。距離感がちょっと近すぎるせいでいらない噂も流れていたものの、あまりにも近すぎた場合は一言物申しているし、まあそういうのもありだろう、と苗木は思うようになった。要するに慣れたのだ。

しかしある日突然、狛枝からのスキンシップが減り始めた。
お昼は来るけれど、会話が減った。
夜もあまりあわなくなった。
目があってもそらされるようになった。
頭を触ったり抱きしめる頻度が減った。
実際そうなった場合に飛び跳ねるように離れるようになった。
あんなに近かった頃はちょっと離れてもいいんじゃないかな、と思っていた苗木だったが、実際に接触が減ってしまうと妙に寂しさを感じた。
嫌われているわけじゃないのはわかっていたが、あそこまであからさまに避けられるとやっぱり傷付く。
それが1週間ぐらい続いたある日、苗木は友人に相談を持ちかけた。

「ねえ、みんなぼくはどうすればいいと思う?」
そう切り出した苗木に霧切、舞園、朝日奈、大神、不二咲はみんな揃って大きなお大きなため息を付いた。
「苗木さんは狛枝先輩のこと、どう思いますか」
「えっと、ちょっとヘンなとこもあるけど、優しい人、かなぁ」
舞園の問いかけに対する苗木の返事を聞いて、朝日奈はばん、と机を叩いて立ち上がる。
これが休み時間などであればクラス中の注目を浴びただろうが、今は放課後でここにいる6人しか教室には残っていない。そのため、苗木誠の相談会はここの6人以外の誰にも聞かれることはない。
「ちがーう!苗木!あんたはあの人のことすきなの?どうなの?」
「え、好きだよ。狛枝さんは大切な友達だからね」
あ、みんなのこともだいすきだからね!
相談相手である5人は、にこ、と笑った苗木に胸がきゅんとなった。
それと同時に先輩である狛枝凪斗に対する嫉妬や哀れみ…様々な感情が一気にかけめぐる。
「私も苗木さんが大好きですよ」
「舞園さん…!」
「私も苗木のことすきだよ!」
「我も苗木を好きだと思っている」
「ぼ、ぼくもなえぎさんのこと」
「私もよ、苗木さん」
「朝日奈さん、大神さん、不二咲さん、霧切さん…!」
満面の笑顔を浮かべた苗木に5人の狛枝に対する嫉妬心はちょっとだけ小さくなった。
というのも、苗木は78期生の中のオアシスだ。
超高校級の才能が集められた中にいる普通のちょっと前向きなだけの女の子。
しかし、その普通の女子高生に78期生の超高校級の生徒達が救われているのは事実である。
そのため、ちょっと前から友人となった狛枝凪斗が苗木を独占していることは78期生の生徒たちにとってちょっとおもしろくないこと、なのであった。
その彼が自ら距離をとったということは望んでいたことでもあったのだけれども、いかんせん理由が透けて見えるので単純には喜べない。更にいうとそのことで苗木が悩んでいるのも頭痛の種だ。
そのため、今回こうして特に仲の良い女子生徒だけで(一人男子も混ざっているが)集まっていたのである。
「…何か悩み事でもあるのかなぁ」
「聞いてみればいいんじゃないかしら。私達がこんなところで話していても彼が何を考えているかまではわからないわ」
「そうだよ!苗木!ばーんとあたって砕けてこいっ!」
「朝日奈よ、砕けてはだめだろう」
「そうやって苗木さんが悩んでるのもぼくたちつらいんだよぉ…?」
「そうですよ。悩んでる苗木さんより笑顔の苗木さんのほうが私はみたいです」
「みんな…!」
ありがとう、ぼくちょっといってくるね!といって苗木は教室を後にした。
今の時間だったら、図書館か植物園だろうか。
とりあえず、悩みがあるかないかを聞いて、そのあと今避けてる理由をきこう。
狛枝にあったらどうするか、というシミュレートをしながら苗木は階段を駆け足で上っていく。
周囲の者からすれば、周知の事実。苗木本人にとっては晴天の霹靂ともよべる狛枝の告白まであと…




















「…あんなにわかりやすいのにまだ気づいてなかったのね」
「だって苗木さんですよ。そんな簡単に気づくのなら、もっとはやく意識してるはずです」
「自分から距離をとったってことは狛枝さんもやっときづいたのかなぁ…」
「そうだろう。…あそこまであからさまで気づいてないというのも凄いがな」
「私もそう思う!だってあの人すごく優しい目をして苗木をみてるんだよ!絶対あの人苗木の事好きだよ!」
「苗木さん、あのひとと付き合ってしまうのでしょうか」
「ま、舞園さん?その包丁どこから持ってきたの?!」
「…可能性は高いわね。彼女は押しに弱いし、好意を抱かれて意識しないってのは難しいわ」
「あんまり独占されたら面白くないけど、苗木がいいならいいかなーって…」
「苗木さんは私のオアシスなんです。ヒーローなんです。希望なんです。ぽっとでの先輩にとられるなんて…!」
「舞園さぁん、包丁おいてよぉ!あぶないよぉ…!」



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