「イズルくーん」
時間は午後三時。同居人は朝からずっと仕事をするといって部屋に閉じこもっている。
昼食は最初からいらない、と言われていたけれど、いい加減息抜きをしてもいいだろう。
そう思っておやつ食べる?と締め切られたドアを開けると、いつものような冷気が流れこんでくる。
よくこれで平気だな、とも思うけれど、彼はいつも長袖を着ているから平気なのかもしれない。
「……イズルくん?」
タイピングの音だけで、返事はない。けれど、苗木の意識はそこではなく、彼の頭へと向かっていた。
正しくは、彼の頭に刺さる何か、に。
「……ええええ」
彼の髪は長い。だから作業には邪魔なのだろう、その長い髪を一つにまとめているのを苗木は何度か見たことがある。
彼が髪をまとめるのは大抵その辺にあったものだ。輪ゴムで髪を結んでいるのに見かねて、黒い髪ゴムを買うのは苗木の役目だったし、それを使って髪をまとめてあげるのもまた苗木の役目だった。
どうしてこのゴムあるのに輪ゴムなの、と尋ねると、彼はいけしゃあしゃあと「その辺にあるものを使えばいいじゃないですか」とのたまった。そんなに輪ゴムが部屋に散らばっているのか、と思うけれど苗木は彼の頭についているの以外輪ゴムをあまり見たことがない。
最終的に、彼の机においてあった業務用の輪ゴムの箱をとりあげて、いろんなところに黒い髪ゴムをおいてはみたけれど、彼はどこから探しだしたのか、やはり輪ゴムで髪をまとめていた。
しかし、今、彼の頭をまとめているのは輪ゴムではない。だからといって、苗木の買ってきた黒いゴムでもなかった。というより、ゴムじゃない。長い一本の棒だ。
「……ないって思ってたらイズルくん……」
呆れ果てたように、苗木は一人ぽつりと呟く。その棒は先に赤のチェック柄がついていた。
それに苗木はよく見覚えがあった。というよりも、買ってきたはずのそれがいつの間にか消えていて、苗木は暫く探していたのに、なんということだろうか。よくわからない。もやもやとした気持ちが浮かんで、ぐるぐるする。
「誠」
彼が、ぐるんと椅子を回して苗木のほうを向く。
その目は、なんですか、はやく要件を言ってください、と言っている、気がした。
苗木は、それにもやもやした心をぐっと胸の奥へと押し込めて、普通の口調で答えた。
「おやつ、食べない、って思ったんだけどイズルくん、」
「今日のおやつはなんですか」
「プリン作った、って違う!それ!ボクそれ探してた!イズルくんいつからそれ持ってってたの!」
プリン、という言葉に反応したカムクラは、心持ち嬉しそうな顔を浮かべた。
それを嬉しそうな、と表現出来るのは、多分苗木しかいないだろうが。
そして、苗木がきゃんきゃんと吠える様を見て、カムクラは小さく小首を傾げた。
「それ?」
「頭!」
びしり、とカムクラの頭を指さす苗木に、カムクラは、人に指を指しちゃダメだった誠が言ったんでしょう、としれっと呟く。
「……そうだけど!なんで菜箸がイズルくんの頭に刺さってるの!」
そう、カムクラが頭をまとめていたのは一本の菜箸だった。
まるで簪のようだ。一本の棒で綺麗にその長い髪がまとまっている。
凄いと思うが、それはそれだ。探していた菜箸を思いがけないところで見つけた衝撃で、苗木の頭は一杯だった。もやもやとした感じ。なんだろう。
「……そこにあったから?」
しばらく、視線を宙に彷徨わせて呟いたその言葉に、苗木は口元を引き攣らせた。笑いたいのに笑えない。
そんな苗木を気にしていないかのように、カムクラは立ち上がり部屋の外へと出ていった。
溜息をついて、苗木もまたその後ろに続く。
そうして、机の上に準備されたおやつをみて、カムクラは、ぷりん、と小さく呟いた。
椅子に座って、苗木がくるのを待つ。
「誠、スプーンがありません」
はいはい、と苗木は二本スプーンを持って椅子に座った。
はい、と一本渡すとカムクラはスプーンを構え、嬉しそうな顔をする。
その顔を見ながら、それでもやっぱり目がいくのは頭の上だ。
「……器用だよね、イズルくん」
プリンを食べるカムクラへと、呆れたように苗木は呟く。
もう菜箸のことは諦めている。ないとわかって、一週間探した後に、もう新しいものを買ってしまった。
けれど、こうやって出てきて、見つけ出したそれがあった場所がカムクラの頭の上だとは思わなかった。
輪ゴムといい、この菜箸といい、なぜカムクラは黒い髪ゴムがあるというのに、自分ではそれを使わないのだろう。
「今更です」
「わかってるけど、まさか菜箸……」
ボクが買ったゴムどこやったのさ……。
そこまで言って、苗木ははたりと、気付いてしまった。どうしてあんなにもやもやとしたのか。
買ってきた菜箸を使われたこともだったけど、何より、自分の買ってきたゴムを使わないカムクラに対して拗ねていた、という事実に。
「……」
「誠、」
スプーンを手にしながら、カムクラはまっすぐ苗木を見つめる。
「あれは貴方が買ったものでしょう」
意味がわからない。
わからなくて苗木は、口をぽかんと開けた。そんな苗木へと、カムクラは笑う。
「貴方が使ってくれるんでしょう」
その意味をちょっと考えて、苗木はさっと顔を赤くする。
「……ばか」
「ばかじゃないです」
「普通に使えばいいじゃん……」
「貴方がいつも結んでくれれば済む話でしょう」
これでこの話は終わり、とばかりにカムクラは再びプリンを食べだした。
「誠、それ食べないんですか」
そして食べ終わっても、動かない苗木へと、小首をかしげてそう言った。
「あげる」
そう言ってずい、とカムクラへと手を付けてないプリンを差し出すと嬉しそうにまたプリンに手を付けだした。
人の気も知らないで。
苗木はそう心の奥でそっと溜息をつく。
明日から、カムクラのところにいって髪の毛を結んでやろう。













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