狛枝凪斗にとって唯一求める相手が苗木誠だった。
狛枝が他人を計る基準はいつだって【希望】だった。
【希望】に成り得るか。
【希望】の礎足り得る存在か。
狛枝は『超高校級』の才能を持つ希望ヶ峰学園の生徒を皆同様に愛していた。
しかしそれはまるでアイドルを見るファンのようなものであったから、狛枝自身が彼らをどうこうしようということは決してなかった。
狛枝は『超高校級』の才能を持つ「希望の象徴」が様々なものとぶつかり合い、時に他の絶望や弱い希望すら喰らって生まれる、より輝く【希望】を見たいだけだったからだ。
結局、狛枝にとって他人とは──彼の愛する「希望の象徴」である希望ヶ峰学園の生徒も含めて──【希望】を生み出す為の入れ物であった。
そこから生み出される【希望】や、眠るかもしれない【希望】を狛枝は心から愛していたけれど特定の「誰か」に執着することはなかった。
そういうふうに生きてきた狛枝が初めて見つけた「トクベツ」が苗木誠だった。
希望の象徴同士のコロシアイは外の世界にいる人間たちに絶望を振りまく為にモニターで全国中継されている。
絶望たちと行動をともにする──その真意がどうであれ──狛枝も同じようにその様子を見ていた。
黒幕が同級生だから、と特別扱いする希望ヶ峰学園78期生は、希望ヶ峰学園最後の入学生でもある。
つまりは、狛枝の後輩である。
あまり他人に関心を持たず、同期であっても接点のないクラスメイトさえいる希望ヶ峰学園において、クラスメイト全員の仲が良い78期生は異色の学年であった。
そんな仲の良いクラスメイト同士が、記憶を消されコロシアイをはじめる。
なんて絶望的な映像だろうか。
そんな中でも、狛枝はただどんな希望が生まれるのだろう、とそれだけを考えていた。
一人目が殺され、二人目がオシオキにより死に、かつて希望に溢れていた学園は今は大きな絶望の檻となっている──狛枝はもっと大きな絶望を望んでいた。
絶望は大きければ大きいほど、大きな希望を生む。それをこの目でみたい。
狛枝はどんな希望が生まれるのか、誰が希望となるのか。生きている『超高校級』の生徒たち一人ひとりを見ていた。
殺され、クロとなってオシオキされ、時が進むごとに中の生徒たちの数は減り、彼らの瞳には絶望の色が色濃くなっていった。
もっと、大きな絶望を。もっともっと強大でおぞましい絶望を、と狛枝は願った。
その絶望を乗り越えた先にある希望こそきっと狛枝の求める絶対的な【希望】なのだ。
ああ、彼らならきっと生み出せる。希望ヶ峰学園の、いや、世界の最後の希望である彼らならきっと狛枝の望む絶対的な希望を見せてくれるはずだ。
モニターを見ていて、特に気になったのは『超高校級の探偵』(だったはずだ。『超高校級の超高校級マニア』である狛枝が忘れるはずがない)霧切響子、ではなく狛枝と同じ『超高校級の幸運』である苗木誠だった。
他の生徒と違い、裏付けされることのない、ただ平均的高校生の中からたった一人選ばれた78期生の【幸運】を、狛枝は正直良く知らなかった。
勿論、同じ【幸運】として、そして『超高校級の超高校級マニア』として、名前と姿は知っていた。
しかし、どのような人物か、といったところまでは興味がなかったから調べることもしなかったのだ。
完全に範疇外だった彼のどこに惹かれたかというと、あの大きな瞳だった。
いや、正しくいうと彼の瞳に映る希望の光に狛枝は惹かれていた。
才能から来るものではない、しかし、あれは紛れも無い希望だ。もっといえば狛枝の望む真の希望だ。
まだ、育ちきっていないそれに気づいた時、欲しいと思った。自分のものにしたい、と。
彼が希望として輝くための完全な踏み台を作り上げたい。出来ればそれは自分でありたい。
はじめから気付けなかったのは悔やまれるが、それでも、気づけたのは幸運だった。
五人目のクロとして彼の処刑が決まった時、彼の瞳はまだ輝いていた。他の仲間を信じていた。
オシオキの椅子に座らされ、その装置が動かされた後、彼が先のオシオキにて消えてしまった仲間の一人、不二咲千尋の作ったアルターエゴの手によって処刑を免れた時に狛枝は苗木の才能、『超高校級の幸運』の力を知った。
彼の才能は単なる運ではない。彼が作り育んだものが、彼を助けるというそれ自体が【幸運】であると。
それが苗木誠の持つ才能『超高校級の幸運』。それと、苗木自身の前向きな気質によって生み出されるもの。
きっとそれこそが『超高校級の希望』と呼ぶべきものだ、と狛枝はモニターを見ながら確信していた。
コロシアイ学園生活は最後の裁判を迎えていた。
黒幕『超高校級の絶望』である江ノ島盾子が『超高校級の希望』苗木誠に打ち破られるというハッピーエンドの舞台。
彼女の絶望は生き残った生徒を染め、彼らの持つ希望は消えていく。しかし、苗木の言弾が彼らに希望を抱かせる。
生徒たちを染めていた絶望はその希望によって散らされていく。
そして、江ノ島盾子は最期の幕を自らの死によって引き、そこでモニターの映像はぷつりと切れた。
狛枝は常々思っていたことが正しかったことに満足した。
希望は絶望などに負けない──絶対的な絶望の中でこそ、絶対的な希望が輝くことも。
そして、狛枝の求めた希望の体現者『超高級の希望』苗木誠という存在があることに感謝した。
絶望の化身である彼女にさえ差し伸べられた救いの手も、どんな絶望の中でも輝き続ける希望の光を灯す瞳も。
絶望をも撃ち破り、希望を振りまく言弾を生み出すその唇も。
そして、何より彼の【幸運】と、彼自身の前向きの意思──つまり、全てが苗木誠を『超高校級の希望』足らしめる要素である。
求めていた希望に対する歓喜、渇望、執着、羨望。
瞳がほしい、腕がほしい、言葉がほしい、彼が希望として輝いているところがみたい、彼の希望のための礎となりたい。
彼が──苗木誠が欲しい。できれば、自分のものにしたい。
たった一人、自分だけの【希望】にできたら。
狛枝は考える。どうすれば、彼に会えるだろう。
彼に会うためには、今までの通り絶望の中にいればいいと狛枝は思っていた。
【希望】である苗木はきっと望む望まないに関わらず、絶望がある限り、また関わることになるだろう。
狛枝はそこにいればいい。そうすれば、きっと会える。
じゃあ、彼を手に入れるためには?
自身の幸運では足りない。何より求める【希望】を手に入れるためにどのような対価が必要か。
自分が死んでしまったら、意味が無い。
彼が希望として輝く為の礎となる為の死ならばそれでもいいけれど、きっと自身の死などでは多分対価とするには未だ足りない。
では、どうすればいいだろう。そう考えて、映らなくなったモニターを見つめる。
死んでしまった彼女。『超高校級の絶望』江ノ島盾子。
彼女の一部を手に入れれば、どうだろうか。
絶望を常に置くという不運。希望の傍にいるという幸運。
安易な考えだが、狛枝にとって、それはとても良い考えのような気がした。
何より、絶望のあるところに希望が生まれるのだから、きっともっと会うことが容易くなるだろう。
そう考えだすと、もうそれ以上にいい考えは思いつかなかった。
善は急げとばかりに、希望ヶ峰学園へと向かう。
多分、もう彼らは近くにはいないだろう。しかし、それでいい。
会う時はまだ今じゃない。狛枝のほうの準備ができてから。それからだ。
***
「っみつけた!狛枝クン」
「やっと逢えたね、苗木クン」
後ろから聞こえた声に、そっと呟いて狛枝は振り向く。
そこにいたのはずっと待っていた、望んでいた相手、苗木誠だった。
強い眼差しで睨み付けられて、ぞくぞくとした快感が全身を走る。
バーチャル内でのコロシアイ、それから目覚めた狛枝は全てを覚えていた。
全て、つまりはコロシアイ生活のことだけでなく、それ以前の失われた記憶も同じように狛枝の中にある。
それが、非現実と理解して命を絶ったせいなのか、それともあそこでの生活に於いての【不運】が齎す【幸運】だったのか、狛枝が知る術はない。
だが、狛枝にとって理由などどうでもよかった。
今生きて全ての記憶を持った自分がここにいて、目の前にずっと求めていた相手がいる。
それだけが、今の狛枝にとっての真実であるからだ。
もっと近くへ。そう思って、狛枝は苗木の元へと歩み寄る。
一メートルの距離が縮まって、狛枝よりは自分よりいくらか小さい苗木を自然と見下ろすことになった。
「直接逢うのははじめましてかな。この間の通信の時にモニター越しに話したけどね」
ボクはずっとキミに逢いたかったんだ、と笑う狛枝の瞳にはもう苗木しか映っていない。
そして、狛枝を見上げる苗木の瞳にも同じように狛枝だけが映っていることを確認して満足する。
「ね、苗木クン。ボクはキミが最初に見つけるだろうって思ってたんだ。やっぱりボクってツイてるよ!」
「…なんであんなこと」
苗木の唇が紡ぐ言葉を今は聞きたくなかった。
人差し指をその唇ぎりぎりに突きつけて、微笑みを浮かべる。
「キミがいいたいことはわかってるつもりだけど、まずボクの話をきいてくれないかな」
苗木は本意では無いらしく、恨みがましそうに狛枝を見上げる。
その瞳すら綺麗だ、と狛枝は思った。
身を捩りたくなるような快感に、ハァ、と欲の篭った息を吐いて狛枝は自分自身をぎゅっと抱きしめた。
「…」
「希望ヶ峰学園でのコロシアイ学園生活」
その言葉に苗木が反応する。瞳に映る色が変わる。
だけど、狛枝の言葉を遮ることはない。狛枝が今は苗木の話を聞かないとわかっているのだろう。
「ボクはそれを見てたよ。絶望に満ちたあの学園でどんな希望が生まれるのか。それとも潰えてしまうのか」
今でも覚えている、78期生の足掻く姿を。
「卒業」するために、身を守るために、弱さを隠すために…。
理由は様々だが、かつて仲の良かったクラスメイト同士が疑いあい殺しあうという絶望空間。
それを思い出して、狛枝は恍惚の笑みを浮かべた。
生まれる絶望、消えていく希望。モニターの向こうに映るのは、希望が生まれる為の舞台だった。
「その中で、ボクはキミに気づいた。…本当はもっとはやく気付きたかったな。出来れば学園にいる頃に」
気づけたのは僥倖であったが、狛枝は苗木が【希望】であると気づいた時に本気で悔やんだ。
もっとはやく気づいていれば。希望の存在をわかっていれば。
苗木誠が【希望】となる最高の空間を最高の演出でつくり上げることができたかもしれないのに。
考えても詮のないことだった。だから、狛枝は過去を諦めた。
「でも、もういいんだ。キミがそこにいる。ボクの目の前にいる」
「ねぇ、苗木クン。キミはどうしてボクを追いかけてきたの?」
「…キミをとめるため、だよ」
苗木の言葉を受け止めて、狛枝は笑う。
戸惑いや疑念、不理解の色が苗木の瞳に混ざる。
狛枝の笑みが、行動の理由が苗木には理解できない。
「どうして、みんなを…」
「どうしてって?苗木クンは覚えてないの?皆絶望の残党なんだって。だから生きてる価値なんてないでしょ?ね?」
何を当然のことを、といった顔で狛枝は苗木の疑問に答える。
「だけど、未来機関の人たちは、あのプログラムをまた有効活用しようとした。何人かちゃんと目覚めて、絶望状態でもなかったものだから、また同じようにプログラムの中に入れて更生させようとしたのかな。今でも目覚めない他の人も含めて。キミはそれを望んでないみたいだけどね。まあ、日向クンや左右田クンなんかの生き残り組が大丈夫だったし、辺古山さんなんかは九頭龍クンとかと話すことで徐々に快方へ向かってるし、リスクばかりがあまりあるシステムの中にまた放り込もうなんて、キミからすればとんでもないよね。今回はその話を日向クンたちにしにきたんでしょ。…でも、【希望】であるキミが一人でこんなところに来るなんてあまりにも危険だよ。大丈夫、ボクが守ってあげる。絶望の残党だったボクが【希望】であるキミを守りたいだなんて烏滸がましいけれど、それぐらいいわせて。ボクはキミを愛してる。【希望】であるキミを愛してる。本当はボクなんて死んでしまったほうがいいと思うんだけど、キミが生きて、っていったからボクは今生きてる。だから、キミが望むのならこの命だって捧げられる。」
優しく言い聞かせるような口調の狂気さえ孕んだ告白に、苗木は頭が真っ白になった。
本来ならば狛枝が知り得るはずのない情報を知っていることにすら気づかない。
「ねえ、好きだよ。誰より、何より」
狛枝はその身体を抱きしめて苗木の耳元で囁いた。
苗木が、抱きしめられている、と気づいたのはその時だ。
瞬間、痛みを感じてぷつり、と意識が途切れた。
「…ねえ、苗木クン 」
狛枝の見つめる先、苗木の瞳がゆっくりと閉じる。
完全に苗木の意識がなくなったことを確認してから、その細い体を抱き上げる。
そして、設置されていた監視カメラに向かってゆっくりと笑った。
「さようなら」
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