「ボクはボクの希望をみつけたんだ。今までの不運は全て彼と出会うためだったんだよ、日向クン!」
恍惚の表情を浮かべてハアハアと怪しい息遣いをしている級友に日向はどん引いた。できれば見なかったことにしたかった。
しかし、生来のお人好し気質から日向は未だ長々と語り続けている友人──狛枝凪斗の話を張り倒すことなく、ちょっと軽い現実逃避を起こしながらも聞いていた。
つまりは、今日あった後輩が自分の幸運の影響を受けなかった。これは本物の絶対的な希望にちがいない。だから仲良くなったっていいよね。ということだろうか。
普段から希望希望と事あるごとに口にする──そのためにクラスからするとちょっと遠巻きにされている──重度の希望厨である狛枝にとって、ほんとうの意味で「希望」と呼べる存在が現れたということは、これはとても大変なことではないだろうか。
希望ヶ峰学園において「超高校級の希望」と呼ばれる日向だが、そう呼ばれるまでの経緯や理由から、狛枝は日向を希望として認めてはいない。曰く「作り物の希望なんてそんなの希望じゃない」だそうだ。
ただ、希望としては認めていないが、友人としては認めているらしい。それなりにいいことが起こった時には「この幸運の代償だったら日向クンが死んじゃうぐらいかなぁ」などと口にするところを何度かみたことがある。
そんな狛枝がみつけた「希望」がどのような人物なのか日向にはわからないが、とりあえず狛枝に目をつけられたことは「不運」なのではないかと思う。
狛枝の話はまだ終らない。その「希望」がどれだけかわいいかだの(男だろ?)、どんなにすごいかだの(確かに狛枝の幸運による不運に巻き込まれても大丈夫だったのは凄い)、一目みた瞬間輝いて見えただの(目の錯覚じゃないのかソレ)、一度あったきりの少年のことを嬉々として語り続けている。それただの一目惚れじゃないか、と日向は思ったが、それを口にすることはなかった。
間違っていてハァ?と見下した目で見られるのも嫌だが(でも多分間違ってない。認めないかもしれないが)、何よりそれを狛枝に告げることで自覚をさせてしまうことが怖かった。日向自身も自分自身の行動で可哀想な被害者を作りたくなかったのだ。
(だって今拉致とか聞こえたぞ)
狂信的なまでに希望を求め希望を愛する狛枝が、「希望」と認めた相手に何をするかわからないが、それは日向が考えているより多分ずっと恐ろしいことだ。愛のためなら許されるなんて、そんなわけがない。ストーカー一歩手前、犯罪者ギリギリの狛枝の発言を聞きながら、日向は本気で件の「希望」とみなされた少年に同情した。
***
はじめてあったのは、やはり狛枝絡みのことだった。
授業終わりのチャイムがなってさあ今から昼休みという時間に、こそり、と76期生の教室にやってきた、見覚えのない少年。
「だれか探してるのか?」
扉に一番近かったこともあって、日向はその少年に問いかけた。
「あの、狛枝凪斗さん、いませんか?」
少年の探し人は一癖二癖あるあの「超高校級の幸運」だった。
そっと教室内を伺うがそこには狛枝の姿はない。
「今ちょっと出てるみたいだ…何か用だったのか?」
「えっと…今日の幸運の授業のことだったんですけど…」
幸運の授業、ということは彼も何期かはわからないが、狛枝と同じ「超高校級の幸運」として入学してきた生徒ということだ。年齢は殆ど関係ないといえる希望ヶ峰学園だが、その容姿や口調から考えると目の前の少年は77,78期生どちらかだろう。
「…なえぎまこと?」
「はい、そうです」
78期生の幸運。苗木誠。彼が狛枝から「希望」と称された人間。
ちょっと見てみたかったという望みが叶ったことに満足する。
日向は、どうして知ってるんだろうか、と不思議そうな表情になった苗木に言った。
「狛枝にきいたんだ」
「狛枝クンに?」
探し人の名を聞いて納得したらしい苗木は、ちょっと笑顔になったあとに当初の目的を思い出したのかへにょりと眉を寄せた(ついでに頭部のアンテナもちょっと萎えた)。
「何か言伝でもあれば──」
「あれあれあれあれどうして苗木クンと日向クンが話してるのかな。苗木クンがボクのクラスに来るなんてそんな幸運、もう日向クンがここから落っこちて怪我するとか帰り道に階段から落ちるとかそんな不運じゃ足りないよね?」
きこうか、という問いは苗木の後方からやってきた、苗木の探し人兼日向のクラスメイト、「超高校級の幸運」狛枝凪斗の大分物騒な言葉により遮られた。
(つーか、こいつこえええええ!)
その表情にはいつものような胡散臭い笑顔がべったりと張り付いているが、その目の奥は全くもって笑っていない。
敵意、悪意、嫉妬、様々な黒い感情がぐるぐると渦巻いているのが見えて、日向は背筋を震わせた。
「あ、狛枝クン」
「苗木クン!キミが会いに来てくれたというその幸運だけでボクは今日を乗り切れそうだよ!」
苗木が振り返るとその笑顔は先程の黒い感情を見事に消し去ったものになっていた。
幸運!希望!と顔に書いてある(ようにみえる)狛枝は苗木の腕をとり本当に嬉しそうにしている。
それこそ誰かが怪我するのではないかというほどの喜びように日向はそっとクラスメイトに目をやった。
(…だよな、そうだよな)
俺は何もみていないとばかりに目をそらすもの、眉を思い切り寄せるもの、目に見えて引いているもの、その反応は様々だが皆一様に狛枝の幸運を──というよりそれによっておこる不運を──案じていた。
もう狛枝の視界にはきっと苗木しかうつっていない。今の狛枝にとっては日向なんて路傍の石、もしくはただの通行人Aである。
「じゃあね、また後でね」
「うん。あ、ありがとうございました」
話が終わったようで、苗木はぺこりと日向に頭を下げてぱたぱたと廊下を駆けていく。
あまり後輩なんていう存在と関わりのない──単位制である希望ヶ峰において、他期生と授業が被ることがあっても親しくしたことがない──日向にとって苗木の新入生らしい初々しさや幼さ、更に向けられた純粋な笑顔や素直さ礼儀正しさにちょっとだけかわいいな、と思ってしまったのは別に悪いことじゃないはずだ。
苗木の姿を幸せそうな笑顔で見送った狛枝が日向に視線を向けた時には、先程の胡散臭い笑顔と目の奥にぐるぐると渦巻く黒く淀んだ色が復活していた。
「…ねぇ日向クン、なにしてたのかなぁ」
「お前が教室にいるかどうか聞かれて相手をしていただけだ」
「日向クン、なんか嬉しそうだったよね?ちょっと顔赤くなってたりしない?苗木クンとどんなこと話してたの?」
弾丸のように放たれる狛枝の言弾を日向はじっと聞いていた。
反論したところで、狛枝はきっと聞く耳を持たない。
その貼りつけた冷笑は狛枝が一言放つごとにどんどん冷えて凍えて深くなっていく。
その視線と言葉がどれだけ鋭いものとなろうと、日向が反論することはない──反論するとしても、どうしても言い訳じみたことをいってしまいそうだったのだ。
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