遺失物は、遺失物法の定めるところに従い公告をした後三箇月以内にその所有者が判明しないときは、これを拾得した者がその所有権を取得する。


狛枝凪斗はたった一つ何にも代え難い宝物を持っている。
ゴミのように捨てられていたそれを狛枝が拾って三ヶ月、誰も所有者だと名乗り出なかった。だから狛枝はそれの所有権を主張した。
決められた規則に従っているのだから、誰にも文句は言わせない。そういって狛枝はすぐさま自室へとそれを持ち帰った。
大切な物なのだから、それ相応の容器が必要だ。そう思って用意した特別製の硝子ケース。他の誰かに取られたりしないようにと取り付けた幾つかの鍵。
それだけでは心配だからと、狛枝は部屋の鍵も増やした。部屋からケースごと取られたら元も子もない。
そして、狛枝の部屋は、狛枝だけの宝物庫になった。大切にしまったそれを愛でるのは狛枝だけだった。
キラキラと輝いて見えるそれを眺めることが狛枝の日課となっていた。硝子ケースに指を這わせ、それが自分の元にあることに満足する。
硝子越しに、狛枝は言葉を掛け、指で触れ、それを思った。それが何よりも幸せな時間だった。
時に、狛枝は一つ一つ鍵を開けて、それに直に触れた。冷たいそれに触れること。それ自体を狛枝は幸運と呼んだ。
美しい儘の宝物を狛枝は何よりも愛した。嘗ての輝きよりは褪せていたがそれでもそれ以上の輝きを見つけることができなかったからである。


「あいかわらずの【幸運】ですねぇ、これ」
硝子ケースの中に入った狛枝の宝物を見て、『超高校級の保健委員』罪木蜜柑は呟いた。
本当にかわったこと、何もしてないんですかぁ?
訝しげなそれに、狛枝はただ笑う。
「皆に言われたようにしただけだよ。ボクにそんな知識なんてないもの」
宝物をずっと手元に置いておくために必要な知識。それを狛枝は『超高校級』と呼ばれる者たちに尋ねた。
そこで得たものを繋ぎ補完して、出来得る限りの処置を施した。それが功を奏したのか。硝子の中のものは狛枝が見る限り拾得した日から殆ど劣化らしい劣化は見られなかった。
「うゅう…私も皆さんもトクベツなことはなにもいってないんですけどぉ…」
「まあそれはどうでもいいことだよ。罪木さんはただいつもどおりに彼を診てくれればいいんだから」
罪木はまるで「不可解」と大きく文字で書いてあるように顔を歪める。しかし、全く狛枝は気にすることはない。
罪木をこの部屋に入れたのはそれのためだけなのだから。狛枝の本音は、はやくすませてさっさと出ていって欲しい、だ。口には出さないが。
罪木は複雑そうに顔を歪めて硝子に手を伸ばす。
鍵は開いていた。硝子ケースの扉を開いて、罪木はその冷たいものに触れた。
気持ちが悪い。その存在も、狛枝の執着も。
罪木は自身が倫理を語る権利などないと思っている。
狂った人間など幾らでも目にしてきた。しかしながら、罪木から見ると狛枝の狂気は他のものとは違っていた。
彼の思想と才能がそうさせるのか。それとも彼の宝物がそう思わせるのだろうか。
どっちにしろ、罪木は狛枝を異常だと認識していた。そして、それが決して赦されるものではないということも。
人としての理と、時の理に逆らう狛枝を、罪木は確かに恐ろしいと感じたのだ。
いつもどおりに、触れ、測る。前のデータと比較をして、終了だ。
「特に変わり映えはなかったですぅ…」
「そっか、ありがとう。罪木さん」
硝子ケースから罪木は手を引く。触れた奇妙な感覚が罪木の指に残っている。
指と指を摺り合わせて罪木はその感覚を消そうとした。そしてそれは、狛枝へと報告をする間ずっと消えることはなかった。
「じゃあこれが今度のおくすりですぅ…用法・用量は正しくお使い下さいねぇ」
薬包を押し付けるようにして、罪木は部屋を出た。
それを確認した後、狛枝は部屋の鍵をかけた。そして、すぐに硝子ケースの近くへと戻る。
「ああごめんね、絶望とはいえ、彼女以上の適任者はいないから我慢してほしいな」
硝子ケースの中のものにぎりぎりまで近づいて、優しく告げる。
そして、狛枝は指で罪木の触れた箇所を擦るように触れていく。それは彼女が自身の指を擦っていたのと同じ理由だった。
優しく囁きながら、狛枝は罪木の痕跡を自分の指で消していく。
本当は、触れさせたくなどなかった。狛枝は、自分以外の誰がみることも触れることも許せなかった。
しかし、よりよい保存状態のためには彼女が診るのが一番だと理解していたのだ。
「彼女もああいってたけど、キミがキミのままでいるのはボクの【幸運】の御蔭かな。それとも──」
心底幸せそうに、狛枝は言葉を紡ぐ。指に触れる感触が何よりも確かな返事だった。








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