ボクは好きな人がいる。
苗木誠、『超高校級の希望』 である彼。
本当ならば、絶望の残党とされたボクが好きになってはいけない人だったんだと思う。
目覚めてすぐ、どうしようもなく惹かれた。それは希望だからだと思っていたけれど。
徐々に戻る記憶の中、その惹かれた理由がわかった。
ボクと同じ、『超高校級の幸運』。たった一人の可愛い後輩。
ボクは、希望ヶ峰学園にいた時からずっとずっと彼を愛していた。
だけど、ボクはそれを口に出したことはなかった。
あの時は、ボクの性格が、そして今では絶望の残党だったという事実が、それを禁じていた。
触れたいと願いながら、傍にいる。それは苦しいけれどそれでも確かに幸せだった。
『超高校級の希望』である彼の唯一を欲しいなんて望まないから、そっと思い続けるだけは許して欲しい。
そんな風にボクは思っていた。
いつものように、こんな穏やかな場所にいられればいい。これ以上は望まないから。そうすればきっと、この幸せは続く。
苗木クンは笑ってくれる。ボクの傍にいてくれる。そうして、ひっそりと愛していければいい。
ボクは、自身の才能を忘れていた ── 幸運と不運の等価交換を。
苗木クンの傍にいたい ── それだけでいいと望んでいた、それだけのことがかなわなくなった。
つまり、苗木クンがボクを避けている。ということ。
ボクが触れようとするとするっと逃げるようにかわしてしまう。
一緒にいこうというと、他の人と約束があるからって断られる。
これを避けてるといわずに、なんといえばいいだろうか。
苗木クンは優しいから。多分直接いえなくて、いつもどおりを装ってたけど、無意識的にボクを避けてたんだろう。
いつまでも一緒にいることができるなんていう幸運がずっと続くはずないということはずっと考えていた。
それに、『超高校級の希望』である苗木クンがただの先輩後輩だった頃ならまだしも、絶望の残党になってしまったボクなんかをすきでいてくれるなんて、そんなこと有り得ない。そう解っていたはずだったのに。
ずっとすきだった。
ボクのものであればいいと、そう思ってた。
だけど、友達としてただ一緒にいるのも嫌いじゃなかった。今の関係を壊すのさえ怖がっていた。
でも、苗木クンが離れると、いうのなら。
そこまで考えて、ボクはぎゅっと目を閉じる。そうして、一つ息を吸って、目を開く。
心は、決まった。
話したいことがあるんだ。
そういったボクに苗木クンは笑って、いいよ。と答えた。
だけどその瞳には戸惑いが映っていて、ボクの不安を大きくするだけだった。
だけど、心の奥の思いを見せないようにボクは笑って、コテージへと苗木クンと一緒に向かった。
傍にいるのに、こんなにも遠くに苗木クンを感じたのは、はじめてだった。
「……ね、苗木クン……ボクのこと嫌いになったの?」
苗木クンはおじゃまします、と小さく呟いてボクの部屋の扉を締めた。
それを確認したボクは、くるりと身体を反転させて苗木クンの方を向く。
苗木クンを逃がさないように鍵を締めて、ボクは扉に片手をついた。
ボクと扉の間に苗木クンを閉じ込める。
戸惑うような目をした苗木クンは、両肩を扉に預けるようにして距離をとった。
それをみた瞬間、ボクの懸念が現実のものだったのだと気付かされた。
それは、苗木クンはボクのことが嫌いだ、ということ。
けれど、無理はないと思う。
仲が良かったのは昔の話。それから色々なことがあった。
苗木クンからのたった一つの想いが欲しい、なんて欲深なことは願わない。
それでも、また昔のように一緒にいられると思いたかった。ただ、傍にいて笑ってくれるだけでよかった。
だけど、もう多分それも許されない。
優しい苗木クンは、それを面と向かってボクに伝えようとはしないだろう。だけど、無意識の拒絶が、つらい。つらくて、痛い。
嫌いなら嫌いだと言って欲しい。そしてもうこの島にこなければいい。二度と、目の前に現れないで欲しい。傷つけたくなんて、ない。
だけど、苗木クンはきっと昔のように接するだろう。自分の心さえ押し殺して。
そして、また昔のように接してくれるのだ。今みたいに。そして、ボクは勘違いしてしまう。
だから手放せなくなる。先を望んでしまう。幸せになれると、思いたくなる ── 有り得ないのに。
右手で苗木クンの頬に触れる ── その瞬間苗木クンの身体が強張ったことになんて、気付きたくなかった。
「……苗木クン、答えて。ボクのこと、嫌いになった?」
「狛枝クンのこと、すきだよ」
ボクの問いかけに、苗木クンは首を振って否定の言葉をかえす。
だけどその言葉はとても虚ろで。それがまた、ボクの胸を刺していく。
「そっか、」
触れた指で苗木クンの頬を撫でる。
柔らかな頬。触れられるのも、これが最後かと思うと苦しい。
「こ、まえだくん」
「ヤダ」
この手を離せば多分、苗木クンは逃げるだろう。
逃げて欲しい。手放せなくなる前に。
逃げないで欲しい。ボクの腕の中にずっといて欲しい。
そんな二律背反の心。
「だって、ボクがここから動けば、苗木クンは逃げるでしょ?」
「逃げ──」
咄嗟に否定の言葉を口にしようとして、苗木クンは口ごもる。
その反応が、ただ苦しい。理解っていても納得したくなかった事実を目の当たりにしたようで。
「やっぱりね」
自嘲するように笑う。
「苗木クン、最近ボクのこと避けてるよね?」
「こまえ」
「ダメ」
苗木クンの言葉を遮るように、ボクはその口を塞ぐ。
苗木クンの言葉なんて ── ボクを否定する言葉なんていらない。
「避けてるよね?避けてたよね?ボクが触れようとするとするっと逃げるし、一緒にいこうっていうと、他の人と約束があるからってことわる。これって避けてるってことだよね?優しいキミは多分嫌いって直接いえないから、いつもどおりを装ってたけど、無意識的にボクを避けてたんじゃないかなぁ。……まあ、ボクはキミといつまでも一緒にいることができるなんていう幸運がずっと続くはずないって考えてたし、それに、『超高校級の希望』であるキミが昔だったらいざしらず、絶望の残党になってしまった救いようのないボクなんかをすきでいてくれるなんて、そんなこと有り得ないってわかってたけど。……でも残念。ねぇ、苗木クン。キミは知らなかったと思うけど、ボクはずっとキミがすきだった。キミがボクのものであればいいって、そう思ってた。でも、友達として一緒にいるのも嫌いじゃなかった。寧ろ、告白して今の関係を壊すのが嫌だったんだ。だけど、キミが離れるっていうのなら、ボクは絶対に逃さないよ。苗木クン、言ってる意味、わかるかな?」
逃がしてあげたい。そんな風に思う自分も確かに存在する。
だけど、やっぱり無理なんだ。本当に苗木クンが離れていってしまうと考えただけで息が止まりそうになる。
死にたくなる。生きていけない。
ボクが死ぬっていったらきっと苗木クンは傍にいてくれるだろう。
好きになってほしい、なんて願わない。同情でもいい、ただ傍に。触れて声の聞ける位置にいられたらそれでいい。
どんなに辛くて痛くて苦しくても、苗木クンのいない場所なんて、ボクには意味なんてないのだから。
ぐるりぐるりと回る思考をそのまま口にする。
それが終わったあと、小さく目を瞬かせた苗木クンは両手でボクの手をずらした。
解放されたその口で、苗木クンはそっと呟く。
「それは違うよ」
「……何が違うっていうの?苗木クン」
不機嫌そうになってしまったその響きを聞いて、苗木クンは少しだけ目を伏せる。
それでも苗木クンはすぐにいつものキラキラと輝く目でボクを真っ直ぐに見つめていた。
「キミはボクがキミのことを嫌いだって思ってるっていったけど、……ボクはキミがすきなんだ。……避けてたかもしれないけど、それは、えっと、自覚したばっかりで……ボク自身ちょっと普通じゃなかったって、いうか……」
その答えは、ボクにとってあまりにも都合がよすぎて本当に夢だと思った。
だって、有り得ない。有り得ない。苗木クンが、ボクを好きだなんて有り得ないのに。
ぐるりぐるりと回る思考。それを打ち破ったのは、当然のように苗木クンだった。
「……こまえだくん?」
苗木クンがボクの名前を呼ぶ。その瞬間ボクは反射的に反論していた。
「信じられない」
「……ボクのこと、信じられないの?」
寂しそうに尋ねる苗木クンに、ボクは大きく首を振って、否定する。
「そんなことない!…でも、こんな幸運有り得ない」
苗木クンを疑うなんてボクにはできない。だけど、それ以上に目の前の現実が夢みたいで、ボクの頭は与えられた情報を処理出来ずにぐるぐると回っていた。
そんなボクを見ながら、苗木クンはくすりと笑う。
「……ね、狛枝クン、……ボクは狛枝クンのことがすきなんだけど……キミは?」
そういって笑った苗木クンの顔。その顔を、ボクは絶対に忘れないと思う。
***
いわゆる、「恋人同士」になってから、もう三ヶ月がたった。
だけど、特に何も変わらない。
苗木クンは、ボクのことをすきだと言ってくれたけど、正直それがどういう「すき」だったのか怖くて聞けない自分がいる。
思い返せば、ボクは苗木クンに対するスキンシップは前々から多かった。それを苗木クンも拒まないから、ボクも自重できないわけで。
だから、「友達」だった時と今と、大して距離は変わらない。それが、ボクにとってはとてもとても物足りない。
傍にいられるだけでいい、とか笑った顔が見られたら、とかそんなことを言っていたくせに、一つ手に入れると十が欲しくなる。
そういうわけで、ボクはそれなりに欲求不満だった。
いつでも逢える距離じゃない。だけど、苗木クンが島に来る時には大抵一緒にいられる。
それは、周りの人たちの優しさだと知ったのは、霧切さんに溜息をつかれて、日向クンに怒られてからだったけど。
それすらわからないぐらい、ボクは苗木クンしか見ていないということだ。
触れたい、抱きたい。そんな欲を抱いているボクに、苗木クンはいつものような可愛らしい笑顔でボクに笑いかける。
その度にボクは欲を抑えて、笑い返すのだ。
「苗木クン?」
「え、なに?」
苗木クンが島に来た時、夜は大抵ボクの部屋に泊まることになっている。
今日も多分に漏れず、ボクの部屋にお泊りだ。
一つしかないベッドに、二人で寝転がりながら話をしていると、どうしてもそういうことを想像してしまう。
平常心平常心、と心の中で唱えながら苗木クンの話に相槌を打つ振りをする。
頭を滑っていく話の内容に、罪悪感も湧くけれどそれ以上にボクは自分を律することで精一杯だった。
(……触りたい、抱きたい、こう、可愛いだろうな苗木クン)
ボクの妄想の中にはぐちゃぐちゃになって乱れる苗木クンがいる。
まさかこんなことをボクが考えているなんて思わないだろう。
ぐるりぐるり、と回る思考は行動にも伝播していたようだった。
触れたい、という欲が動かしたのだろう。ボクの手は苗木クンの顔へと無意識の内に伸びていた。
途中で気がついて、額へと触れる。驚いたような苗木クンの顔が視界に映った。
「ん…熱はないみたいだね」
「大丈夫だよ?」
「だって苗木クンの顔いつもよりちょっと赤いから」
でも、大丈夫ならよかった、とボクは誤魔化すように笑う。
けれど、同時にボクは心配になった。
途中で気づいたからまだいい。けれど、こう欲の赴くままに襲ってしまったらどうしよう。
苗木クンに嫌われたら。手放す気なんて毛頭ないけれど、こんなぬるま湯みたいな幸せも失いたくないとボクは思っている。
ぐるりぐるりと回りだした思考に囚われて、袋小路に入り込んでいたボクを呼び戻したのは、突然唇に感じた温度だった。
多分、酷く間の抜けた顔をしているだろうと思う。ぽかんとしているボクの目の前。
唇を離した苗木クンが、きょとんとした顔でボクの名を呼ぶ。
「こまえだくん?」
「……苗木クン」
震える声で名前を呼ぶと、小さく苗木クンは笑った。
その瞬間に、ボクはさっきの事をやっと事実として認識する。
一瞬で、駆け巡る思いと思考。そして、零れそうな愛おしさに目の奥が焼け切れそうになる。
好き。大好き。愛してる。
触れたい。抱きたい。触りたい。
沢山の苗木クンへの感情が、ただボクを動かしていた。
「キミが、煽ったんだよ……?」
それだけ言って、両肩に手をかけた。
そのまま、ぐっと、苗木クンへ覆いかぶさるようにして、顔を近づける。
唇で触れた感触。それはさっきと同じものだった。
苗木クンの顔がボクの視界一杯に広がる。嬉しくなって、何度も何度も口付けた。
ちゅ、ちゅ、と何度か触れ合う唇が気持ちいい。
「ふふ、くすぐったい」
啄むような、軽いキスに苗木クンの笑いが漏れる。
そっと、舌で唇に触れて縁をなぞるように動かすと、苗木クンは薄く唇を開いた。
その隙間から、舌を入れると苗木クンの身体がボクの下で震えたのがわかった。
そんな反応が嬉しくて、ボクはもっと舌をつき入れた。
苗木クンの口の中で自分のものではない唾液が自分のそれと混ざり合って、顎を伝う。
いつもの可愛らしい姿からすると、それは酷く扇情的だ。
歯の裏や歯茎をなぞるようにして、舌を動かす。
そして自然と漏れていた声に、ぞくぞくと背筋が震えていた。
「ぁ、 」
唇を離した瞬間、苗木クンが思わず漏らした不満気な声。その意味を考えて、ボクは笑う。
まるで、離さないでといってるかのような反応に、ボクの欲は大きくなるばかりだった。
ボクが「舌出して」と小さく呟いた声に苗木クンはぼうっとしたままこくんと頷く。
それを見て、満足して。そしてまた、唇を重ねる。
今度ははじめから舌を苗木クンの腔内へと入れる。
ボクの言葉を聞いていたのだろう、苗木クンがおずおずと出したそれに触れて。そして、吸って、啄み、嘗めると、その度に苗木クンの声が漏れる。
それは、いつもは聞けない声。快楽に溺れた、苗木クンの甘い声。
それは、直接ボクの下半身を刺激する。多分この声だけでイケそうだ。そう思えるぐらいに、その声はボクを煽った。
再び唇を離そうとした時には、互いの唇を唾液の糸が繋いでいた。
それがぷつりと切れたのをみて、少しだけ残っていたのかもしれないボクの理性も同時に飛んで消えた。
抱きたい。触れたい。繋がりたい。愛したい。愛されたい。
そんな想いを抱きながら、苗木クンを見つめる。
その瞳にはいつもの希望に満ちた輝きだけではない、確かな情欲の色が混ざっている。
「苗木クン」
色々な想いを込めて名前を呼ぶ。
苗木クンはただ黙って頷いた ── それが、全てに対する、答だった。
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