それは、単純な疑問だったはずだった。
世間話がてらの海岸沿いの散歩。ついでにゴミ拾い。
日向の横顔を見ていてするりと口に出た言葉。
「日向クンって誰か好きな人いるの?」
誰とでも仲の良い日向。さっきも終里や左右田と仲良くしているのをみて、ふと思った。
あのプログラムの中でも結構いい感じになっていた人とかもいただろう。
というか、見ている限りだと何股かけるんだろう、ってぐらい手を出し──仲良くなっていたきがする。
(ボクも、傍目からみたら結構近くにいるのかな…どのくらいのとこに、いるのかな)
(…プログラムの中の皆ほどじゃないけど…日向クン、ボクのことどう思ってるのかな)
少しだけ、のいらいらともやもやは多分暑いからだろうと気にしないフリをする。
「は?」
立ち止まって、苗木のほうをみた日向は驚くぐらい狼狽えだす。
「え、あ、──」
「ご、ごめん!聞いちゃいけなかったよね!プライベートだもんね!」
黙ってしまった日向に、苗木はただ、申し訳なくなって焦って謝罪を告げる。
聞いちゃいけないことだったんだろう。そして、多分、日向は思う人がいるんだろう。
そう、思った瞬間つきり、と胸が痛んだ。
「い、いや…うん、平気だ。ただ苗木に聞かれたのに驚いただけで」
顔を赤くした日向は、緩く首を振って笑う。
「ああ、いる」
きっぱり、と日向の告げた言葉に苗木は胸の奥のもやりとしたとよくわからない感情に気づく。
(…あ、れ?)
「大事、な人なんだね」
「…そうだな。大事な奴だな。俺が、俺であるためにも」
優しく笑う日向の姿が遠く感じられる。大事な人。そういう人がいるんだ。
日向の声が、表情が酷く優しくて、苗木は目と耳を塞ぎたくなった。
自分の思いがわからない。大切な友達──本当に?
「日向クンなら、大丈夫だよ」
「苗木?」
「でも、そういう人がいるんだったら、もうちょっと他の人の接し方考えたほうがいいんじゃないかな?」
ずっと見てたけど、結構日向クンって…、なんて、笑った苗木の言葉に日向は俯く。
「勘違いされちゃうよ?…日向クン、優しいし」
苗木は、勘違いしてしまった。自分自身が特別だと思ってしまった。
日向にとっての特別は他にいる。自分に優しいのもそれは日向の性格だからだ。
それが、辛い──、どうして?
ぐるぐると廻る思考は、解答へは結びつかない。ただ、ふわふわとした思いと、ずきずきとした痛みが苗木を惑わせる。
俯いたまま、何も言わない日向の姿にまた胸が痛む。
「…ボクなんかが、いっちゃいけないよね…気になっちゃって…」
ごめんね、と苗木は呟く。小さく、掠れたそれに、日向は小さく首を振った。
「いいんだ、苗木は気にしてくれていいんだ」
「え?」
「気にしてくれて嬉しいんだ」
顔を上げた日向は本当に嬉しそうに笑っていた。そんな日向の反応に、苗木はきょとんとする。
嫌だから、じゃなかったのか。特別だって、思ってもいいのかな、と少し嬉しくなった苗木に、日向は少しだけ近づく。
「──オレはお前が好きだよ。だからお前が気にしてくれるのが嬉しい」
「ぇ、あ…?」
「…つまり、そういうことだろ?」
真摯な日向の言葉。冗談とは思えぬそれを聞いた苗木は呆けたような半開きの口から意味のない呟きを漏らした。
そして、一気に顔を赤くして、そっと下を向く。顔ばかりでなく、項や耳まで赤くした苗木はそのあとも、あー、だの、うー、だの小さく呻いていた。
──かと思うと。
「っごめんなさいっ!」
くるり、と後ろを向いて駆け出そうと、した。
苗木としては、今すぐに逃げ出したかった。これは、告白だ。紛れも無い、告白だった。
自覚のないうちから、日向の周りが気になった。日向の近くにいたくなった。苗木は自分自身が日向にとっての特別だと思いたかった。
そして、今。日向の、「好きだ」という言葉で、自覚、した。してしまった。
そうなると、今までの自分の言動がとても恥ずかしいものに思えて(だって、あれはただの嫉妬だ)、今すぐにでも日向の傍から離れたかった。
自分の心を整理したい。たった今、好きだ、と自覚したばかりの思い。それを持て余した苗木の頭は、ただそれだけがぐるぐると回っていた。
「っ」
「はなして、ひなたくん…」
瞬間、逃げ出そうとした苗木の腕を日向が掴んだ。日向の力は強く、ぎり、と痛む。
目を合わさないまま、苗木は懇願する。離してほしい。
だって、こんなに顔が赤い。みっともない。見られたくない。
「いやだ」
そんな、苗木の願いを日向は叶えることはしなかった。
腕を掴んだまま、ぐ、と自分の胸に抱き寄せる。
苗木は、近くなった距離に心臓が痛いほど弾むのを感じていた。
「なぁ、苗木」
顔が見えないから、日向がどんな顔をしているのかすらわからない。だからといって、声で判断できるか、といえばそれは無理な話だった。
正常であれば、可能だったかもしれない。しかし、今現在の苗木は、日向に後ろから抱きしめられているという、それだけで一杯だった。
日向の話す言葉さえ、うまく耳に入ってこない。それよりも首筋にかかる息で、もう泣きそうなぐらい限界だった。
「苗木は?」
「え?」
ふと、入ってきた自分の名前で苗木は我にかえる。
疑問に疑問で返すと、日向はその顔を耳元に近づけて、囁いた。
「返事、ききたい」
そうして苗木の体は、ぐるり、と反転させられて、正面で向き合う体勢になった。
強く抱きしめられたままだから逃げることも出来ない。
そして正面から見つめられて、目を逸らすことすらできなかった。
「い、いわなくてもわかるでしょ…?」
今はただ、開放して欲しい。出来れば、顔色が普通の状態に戻るまでの時間がほしい。
好きだ、という思いは嘘じゃない。だけど、だけどだけど───。
ぐるぐると頭を巡らせている苗木に、日向は小さく首を振る。
そして、ぐっと、それこそもう少しでキスできるのではないかと思うぐらいに顔を近づける。
「いやだ、…お前の口から聞きたい」
ぐ、と日向の腕に力がこもって、更に距離が縮まる。
向けられた視線の熱が強くて、苗木はそっと視線を逸らす。
「俺は、勘違いしてそうで。お前は誰にでも優しいから──」
「それは違うよ!」
ううう、と言葉にすることを、躊躇う苗木に日向は笑う。
寂しそうな日向の言葉に、心から否定して。
「…ボク、も、」
すとん、と落ちてきた思い。ぐるぐると渦巻く感情も、痛いぐらいの胸の痛みも消えないけれど。
「ボクも、日向クンが…好き。好き、だから、他の人が気になって、…」
苗木は必死に言葉を紡ぐ。顔を真赤にしながら、一つ一つ、言葉を選んで。辿々しいが真剣なそれに、日向は一つ一つ、ああ、ああ、と相槌を打っていた。
相槌を打つ日向は心底嬉しそうに微笑んでいたが、自分自身のことで一杯一杯な苗木は気づかない。
その視線が、愛おしさにあふれていることも。日向の顔もまた苗木と同じように真っ赤に染まっていたことも。
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