+古典的初恋のはじめ+
希望ヶ峰学園には、1年365日、いつでも桜が咲いている。
だから、というべきか。俺ははらはら散る桜には少しだけ食傷気味だ。
しかし、4月、入学式の為の雰囲気作りにはコレ以上のものはないだろう。
寮へ向かう道すがら、いつもより多くの人と擦れ違う。
希望ヶ峰学園、本科の生徒は原則的に全員入寮を義務付けられているが、長期休暇の場合はやはりというべきか。ほとんどの生徒が里帰りと称して実家へ戻る。
そのせいで、人数が少なくなり、少々物静かになっていた希望ヶ峰学園にも元の活気が訪れる。
春休み終了と共に皆学園の寮へ戻ってきたのだろう。
入学式の終了後、申し訳程度のホームルームのあとは半日休みだ。
俺はずっと寮に残っていたけれど、クラスメイトの大半が里帰りだったらしい。
ホームルーム以上に長い時間を土産の受け渡しや、久々の級友との会話に費やしていたところ、気づけばもう昼過ぎだった。
明日から本格的な授業がはじまる。そうすれば、いつだって話せるだろうと今日は一旦別れることにした。
普通の高校ならば、明日は実力テストなどがあるものだが、幸いなことに希望ヶ峰学園では、定期テスト以外に基礎科目のテストはない。
個々の能力を伸ばすことを狙いとする希望ヶ峰学園の教えから、実力テストはその才能に纏わるものとなっている。
そして、元は予備学科だったが、紆余曲折あって『超高校級の希望(仮)』となった俺にはテストといえるテストはない。
いうなれば才能測定か。何ができる。どこまでできる。どうすれば伸びる。などなど、どんな才能がどの程度のものかを調査するだけだ。
だから、明日はなんの測定すんのかなー、などと気楽なことを考えながら一人廊下を歩いていた。
廊下の曲がり角、突然の衝撃。知らない誰かとの正面衝突。
ぶつかった相手が可愛い女の子で、これが少女漫画なんかだったりしたら、きっとこの瞬間に物語がスタートしたんだろう。
だけど、当然ながらコレは現実で、ぶつかった相手も華奢で俺よりちっさいとはいえ、間違いなく男子生徒だ。
「大丈夫か?」
反動で倒れかけた少年の体を反射的に片手で引き寄せる。
その身体は案外細くて軽かった。
倒れたことを覚悟してたのか、少年はぎゅっと目を閉じていた。
だけど、衝撃がなかったことにか、俺の言葉にかゆっくりとその目を開ける。
一瞬あれ?って顔をしたその少年は、今の体勢に気づくと、表情をさっと変えた。
「ご、ごめんなさいっ、前、確認してなくってっ、」
慌てたような声に、逆にこっちが申し訳なくなる。
「いや、前をよくみてなかったのは俺も一緒だ」
「でも、」
ぶつかった上に、支えて貰ったことを気にしているそいつを、俺は珍しいと思った。
この学園は超高校級の才能を持つ高校生が集められている。
そのせいかどうかは知らないが、よくも悪くも個性が強い奴が多く、こんなに初対面の奴のことを気にする者など多分一握りしかいないだろう。
しかも、出会い頭にぶつかったということで、どちらが悪いということもないのに、相当なお人好しかもしれない。
「あー、ぶつかったのはわざとじゃないんだから、別にどっちが悪いってこともないだろ?どっちも悪くない。ってことでもう気にするな、な?」
心底申し訳なさそうなそいつの頭をぽん、と叩く。
そうすると、よかった、というように息をつき、一転して顔が明るくなる。
その顔は、見るからに幼くてちょっと可愛いな、と胸がきゅんとなった。
(ん?きゅん?)
「あ、あの…あとついでで申し訳ないんですが…」
先ほどの胸の変化を考えないようにして、俺はへにゃりと眉を下げた少年の言葉を聞くことにした。
「なんだ?」
「えっと、78期生の寮ってどっちですか…?」
「えっと、ここ真っすぐ行って──」
説明をしようとして、諦める。
希望ヶ峰学園は各期生ごとに校舎や寮が別れている。
真っ直ぐいって、すぐにあるのは、俺よりも1つ上の期の寮で、そこからも件の78期生の寮はちょっとだけ離れている。
きた道を戻って、ただしい道を選べるとはおもわなかったのだ。
「案内してやるよ」
そういうと、申し訳なさそうに首を振ったが、説明するよりも連れて行ったほうが早いのだというと、納得したように頷いた。
迷子だったそいつと一緒に78期生のための寮へと向かう途中に様々なことをはなした。
少年の名は苗木誠。思っていた通りの今期の新入生のうちの一人。
そして、各期に一人ずついる78期生の『超高校級の幸運』。
はじめその才能を聞いた時には、同期の『超高校級の幸運』を思い浮かべたが、多分中身はまったく違うだろう。
会ってこんな僅かな時間だけれども俺は苗木誠という一人の少年を大層好ましく思っていた。
一緒にいるだけでどこか気疲れし、時に苛立たしささえ感じる悪友と比べるのも躊躇ってしまうほどの謙虚さとお人好しさ、癒し具合。
希望ヶ峰学園ではあまりみないタイプだ。多分苦労するだろうな。などと思った後、無駄にモテそうだな。女にも男にも。と浮かんでしまった。
(…華奢で細いし、どっちかっていうとカワイイ系。素直で癒し系…、まだ純粋でこれからどんな色にも染められ──って違う!そうじゃない!)
いつの間にか妙な方向に行ってしまった思考を振り払うように、ぶんぶんと頭をふる。
「大丈夫ですか?」
足が止まっていたのか、苗木にそっと下から上目遣いで見つめられて、さっきよりも大きく胸が高鳴る。
違う違う!と必死に自分自身に言い訳をしながら、笑顔を貼り付けて「大丈夫だ、」とかえした。
苗木は、ほっと息をついてまた前を向く。それに遅れないように俺も足を動かしはじめた。
苗木は、時間が空いてしまって、校舎内を探索していたはいいが、自分の部屋への道順を忘れたという。
「さすが、希望ヶ峰学園ですね」
学校内で迷うとは思わなかった、苗木は笑う。
苗木の笑顔は、幼さが強調されて、なんていうか。
(そう、かわいい…って!ちがう!)
可愛いけど、弟みたいって意味で!可愛い後輩って意味!と誰も聞かない言い訳を心中で叫ぶ。
「、ここが、78期生の寮だ」
一方的に気まずさを感じてしまった俺は、いつのまにかそこにあった目的地に心底感謝をした。
「ありがとうございます!」
ぺこん、と勢い良く頭を下げた苗木にいろんな意味で申し訳なくなる。
ごめんな、と心の中で苗木の頭に呟いた。
しかし、苗木が頭を上げた時、そこに浮かんでいた満面の笑みに俺は確かに心臓の高鳴る音を聞いた。
そして、手を振って去っていく苗木の後ろ姿を見ながら、俺は遅い初恋のはじまりを自覚した。
王道のシチュエーションは、間違いなく運命の相手を連れてきた。
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