希望ヶ峰学園に行くと一番はじめに話したのは、妹にだった。
年も近くて、同性で。顔はともかくとして、体つきとか性格とかはあまり似ていないぼくたちだったけど、他の友人の話をきく限りでは多分相当仲のいい姉妹だったんだと思う。
希望ヶ峰からの手紙が届いた時はあんなに一緒になって騒いで喜んだ妹だったけれど、ぼくが家を出る、というところまでは考えてなかったらしい。
寮に入るから、部屋一人で使うことになるね、とぼくが言ったらそのことにやっと気付いたようだった。
最初は、家でるの?え?お姉ちゃん家でちゃうの?と狼狽えていて、お姉ちゃんいなくなっちゃうのか……と寂しそうにぽつり、と呟いたのを見た時にはなんとなく罪悪感を抱いてしまった。
そんな妹も、狼狽え、落ち込み、二日ほど後に、やっと「気をつけて行って来てね」とぼくに告げたのだ。
そして、同時に、幾つも幾つも、延々と説教にも似た有難い(心配しすぎというか大分過保護気味な、ぼくのほうが上なんだけどさ)忠告を頂いた。

「ねえ、お姉ちゃん。男は狼なの。油断しちゃだめだよ。お姉ちゃんは天然記念物並に危機感なくてぼやっとしてるんだから。今までは気付いてなかったし、それとなく他の人達がどうにかしてくれていたけど……希望ヶ峰学園はそういう凄い人たちがくるんだし、自分は普通だから大丈夫、なんて思ってたら絶対痛い目にあうんだからね」

これは、そのうちの一つである。今までの人生経験上そういうことに縁遠いことなんてぼく自身が一番よくわかっていたから、何を馬鹿なと笑って流していたけれど。
──確かに、人生何があるかわからない。ぼくは今、妹のその言葉を痛いぐらい実感しているところだった。



「……ね、何考えてるの?」

少しだけ、怒ったような、声。首筋にかかる息が、意識を現実へと引き戻す。
狛枝凪斗クン。一つ上の先輩。同じ『超高校級の幸運』。
よく知っているはずの彼が、今は全然知らない人のようだ。
近い。近いちかい。ぎゅっと目を閉じて身体を強ばらせる。
離れてほしい、ってもう何度も言った。本当に離れてほしい、というよりもこの詰め過ぎた距離は間違っているとぼくは思うから。
心臓が痛い。いつからだっただろうか。この間までは、本当に普通の友人としての距離を保っていたはずだったのに。
この間、一緒に出掛けて……。そこまで考えた所でぼくは他のことまで色々と思い出してしまった。

苗木クンが好きだよ

そう言われた時は、凄く凄く焦って狼狽えたけれど、それからの狛枝クンの態度があまり変わらないものだったから。
だから、冗談だと思っていた。
だって距離が近いのはいつものこと。一緒にいるのもいつものこと。そのはず、だったのだけれども。

「あ、」
「ボク、苗木クンのこと好きだって言ったよね」

笑顔。綺麗なそれが、どこか怒ってるようにみえてぼくは無意識に一歩、後ろに下がろうとする。
ああでも、後ろは壁だ。無理だ。逃げられない。そんなぼくをそれでも追い詰めるように、狛枝クンはまた、一歩、距離を詰める。
それこそ、狛枝クンの目にぼく自身が映ってるのが確認できるぐらい、至近距離まで。

「じょうだん」
「え?」
「冗談じゃなかったの?」

震える声で問いかける。
狛枝クンは、ぼくの言葉に目を丸くして──そのあと大きな溜息をついた。

「冗談だと思ってたの?」

逆に訊き返されて、ぼくは思わず頷いた。その声音はとても固い。
怒ってる、ような気がする。
こういう時の予感は大体外したことがない。だから、背筋がぶるっと震えた。
狛枝クンはいつだってぼくには優しかった。こんな狛枝クンを見るのなんて、めったにないことだ。

「……ふうん」
「友達じゃ、ダメなの?」

呆れたように息をついた狛枝クンに、ぼくはそっと問いかける。

「ダメだよ」

即答だった。
ダメって、何が。
ぼくの問いかけるような視線に気付いたのか、狛枝クンは小さく首を振って答えてくれた。

「でも、ボクは苗木クンから離れる気もないし、友達のまま、もいやかな」
「……え?」
「だからね、」
もう、諦めちゃいなよ。
──だって、苗木クン、ボクのこと好きでしょう?

とん、と狛枝クンはぼくを壁におしつけて、顔をさっきよりぐっと近づける。
そんな風に、耳元で囁かれたから。好きとか言われたから。距離が近いから。
──だから、心臓がばくばくしたのは、多分恋とかじゃないはず。
そう、言い聞かせていたけれど。

「顔、赤いよ」

自覚して、くれた?
そういってくすくす微笑む狛枝クンに、ぼくは、ただ、俯くことしか出来なかった。

「……、えっと、あの」
「覚悟、してね」

そういって、頬に柔らかい感覚。
反射的に手で触れて、顔を上げた。
そこには、凄く綺麗に笑う狛枝クンがいて、何をされたのか、気付いた。気付いてしまった。

かあ、と熱くなる、頬、と。
さっきよりも、ずっと。それこそびっくりするぐらい、どきんどきんとなる胸に、ぼくはその場から逃げ出したくなった。
けれど、結局目の前に狛枝クンがいるわけで。そうしたら、ぼくはここから動けない、わけで。

「ね、苗木クン」

心底楽しそうに嬉しそうに笑う狛枝クンを、少し恨めしく思ったってしょうがないと思うんだけど。
……ああでも、うん、これはもう、多分、逃げられないんだろう、なって。その時確かに思ったんだ。


*