「ねぇ」

突然耳に届いた声はどこかで聞いたことがあるような、ないようなそんな柔らかな声だった。
声の聞こえた方──階上へと視線を向けると、見知らぬ男子生徒と目があう。
にこりとやわらかく微笑んだその男子生徒は、たたんたたんと軽やかな音をさせて階段を降りてきて苗木の前に立った。
苗木よりも頭一つ分は背が高いだろうその背丈。
柔らかそうな白い髪に男の人に勿体ないぐらいの白いキレイな肌。
改めて考えても苗木の知らない相手だ。何期生かはわからないけれど、先輩であることは間違いない。

「苗木誠クンだよね?」
「はぁ…」

男子生徒は柔和な笑みを浮かべて、自然に苗木の手をすくいとり、握った。
苗木はとりあえず笑みを浮かべて頷く。知らない相手から呼び止められて名前を聞かれ、更に手を握られるという現状を飲み込めないまま。
引きつっているだろう苗木の笑みを受けても、目の前の男子生徒はにこにこと笑ったままだった。

「ボクは狛枝凪斗」

男子生徒は名乗った後、握っていた手を上へと引いた。そのせいで苗木の身体はバランスを崩し狛枝へと近づく。
なんとか、バランスをとりなおして顔を上げた時、そこには狛枝の顔があった。
あまりに近い距離に苗木は思わず離れようとしたけれど、握られた手といつの間にか腰に回された手がそれをゆるしてくれない。

「あの──」
「キミに興味が有るんだ」

狛枝の細められた緑灰色の瞳に苗木の困惑した顔が映っていた。
こんなに至近距離に他の人の顔があったことなんてない。今更感じる羞恥が苗木の顔を赤く染める。
高校生にもなると、友人たちから色々な話をきくようになった。相談という名の惚気話や愚痴を何度聞いただろう。曰く苗木には言いやすい、そうなのだけれども。
話は初々しく甘酸っぱいものから少々エゲツナイものまでバラエティにとんでいて、所謂恋バナに疎い苗木の恋愛に対する知識は増えていくばかりだ。
しかし、それを自分に置き換えてみるとやっぱりよくわからないので、恋愛なんて苗木自身にとっては話の中のものでしかない。
それでも今のこの距離感と狛枝の言葉は苗木に意識させるのに十分な力を持っていた。

「 」

小さく口の中だけで狛枝は何かを呟いて、握っていた苗木の手を放す。
そのせいでバランスを崩した苗木はその勢いのまま、狛枝の胸元に飛び込む形になった。


「ごめんね、痛かった?」
「いえ、大丈夫です…」


少しだけ痛む鼻を手で抑えて、気遣ってくれる狛枝へ言葉を返す。
どうでもいいから腰の手をはなしてほしいです。
そんな心の声が伝わることはない。
どきどきと胸が煩い音をたてている。多分顔は真っ赤だろう。

「ねぇ苗木クン、」

そういって狛枝は苗木の耳元に唇を近づけた。掛かる息にぞわりと背筋が震える。
ぎゅっと身を固くした苗木をみて、狛枝はふわりとキレイに微笑んだ。

「ボクはキミと友達になりたいんだ」








back