深夜。
狛枝は一人、ホテルのロビーに立っていた。
目の前には通信機──未来機関との連絡をとるための。
最後の学級裁判において、日向たちは、他のクラスメイトが全員目覚めるという「未来」に賭けた。
それを支持するように、未来機関──苗木は定期的な連絡を相互間で可能なように通信機を島へ持ち込んだのだ。
監視カメラやモニターがあるのに、それを持ってきたのは偏に日向たちとの交流のためらしい。
隠蔽工作頑張るね!とモニター越しに可愛らしくいっていたのを思い出して狛枝は少しだけ口元を持ち上げた。
今は暗く、ただ狛枝の姿を映し出すだけのそれをただじっと見つめる。
目覚め、ずっと求めていた「超高校級の希望」苗木誠と出逢ってから、狛枝は定期連絡の度に──定期連絡がなかったとしても──通信機の前にいる。
それは、苗木がこの島に来ること以外に狛枝が苗木との繋がりを得ることができる数少ないもののうちの一つだからだ。
そこに苗木が映る。そして話をする。
接触こそできないものの、一方通行ではない、確かな繋がりがそこにあるからだ。
何もなくとも、偶然に向こう側と繋がるかもしれない。
そういった幸運を期待しながら、狛枝は一人ロビーに訪れるのだ。
──だけど、ああ、なんて欲深い。
学園におけるコロシアイ生活を見ていた時はただ見ているだけだった。
彼と会いたくて、彼に触れたくて、彼がただ欲しくて、狛枝は絶望を自身の内側に招いた。
そして、その計謀は見事に成功し、狛枝は苗木誠と会えた。
ゆるされたと思った。今までの全ての不運がこのためだったと狛枝は本気で思ったのだ。
だから、狛枝は彼が彼であって、希望を絶やさずそこにいればそれでいいと思った──苗木の世界と自分の世界は一度だけ交差する。それだけでいいのだと。
しかし、欲は留まることはなかった。
交差するだけでいいと思っていたのに、一度だけでは足りないと──ずっと傍にいたいと思ってしまった。
矮小で屑のような自分が望むことなど分不相応で烏滸がましいと知りながら、狛枝は自分自身で絶望を切り落とし、騙し、騙り、彼の優しさにつけこんで、苗木自身を手に入れた。
どんな手段を用いたとしても、自分自身の幸運ではない、「苗木誠」という名の少年のかたちをした本当の幸せと希望を手にしたのは確かだ。それなのに、狛枝の欲求は未だ尽きることなく溢れている。

声が聞きたい。
傍にいたい。
抱きしめたい。

声がほしい。
体がほしい。
心がほしい。

あいたい。
触れたい。
いとしい。
こいしい。

どんなに抱きしめてくちづけても好きだという思いが果てることはない。
どんなに抱いて組み敷いたとしても足りない。
満たされない。だから求める。
優しい声も、大きな瞳も、優しく触れる指も、華奢な体も、柔らかな唇も、愛らしい笑顔も、細い首も、求めてくれることも、貫いた時の嬌声も、触れた時に返る反応も、苗木のものならなんでも欲しい。
手に入れたら次を。そしてまた次を──果てのない欲にただ呆れるばかりだ。
どんどん深みに嵌っていく。
せめて苗木を傷つけたくないと願ってはいるが、いつだって狛枝は自分のことで精一杯で本当に苗木を気遣ってやれてるか、と問われると解答に困る。
だって、今でも苗木の「好きだよ」という言葉すら信じきることができないのに。
そう言われる度に卑屈な言葉で否定して、苗木に悲しい顔をさせてしまう。
けれど、求めるばかりで、彼のことを思いやれない自分がどうして「好き」だなんて言ってもらえるというのか。
誰からも愛される希望に満ちた彼が、こんな不幸と等価値の屑のような幸運を負う自分を選ぶなんて有り得ないのに。
本当は彼の言葉を信じたい。好かれていると、愛されているとそう思いたい。
だけど、今までの人生で凝り固まった希望に対する思いと才能に対する考え、彼に対する様々な感情がその邪魔をする。
狛枝にとって、苗木誠は絶対的な希望であり救いであり光だ──だから、そんな彼が自分をゆるし、えらび、愛するということを認めるのが怖いのかもしれない。
いっそ、自分自身で汚すことができたならよかったのに、とまで思う。
だけど、悲しいくらい苗木は綺麗なままだ。
綺麗なままの苗木が、絶対的な希望を貶めることはできないということを示しているようにみえて狛枝は救われていた──しかし同時に、苗木を手に入れることはできないんだ、と言われているような気になる。
離れてしまえば楽かもしれないとさえ思った。
それでも、膨れ上がる欲を収めることは出来なくて、結局堂々巡りになるだけだった。




back