隣にいるのは涼しい顔をした日向クン。顔の色すら変わっちゃいない。だって彼は今日は一滴も酒類を口にしてはいないからだ。
その理由は聞かずともわかっている。最近の飲み会ではそれが通例となっていたからだ。
「ほら、狛枝もうすぐ家だぞ。もうちょっとしゃんとしろ」
そんな風に溜息をつく日向クンにうん、うんと頷きながら、ボクは眠気とアルコールの回った頭で今日の出来事を朝あったことから反芻していた。
今日は色々なことがあった。本当に、色々だ。
朝の日向クンの襲撃から始まって、やっと解放されたと思ったら次は左右田クン。
更には九頭龍クンや辺古山さんまで出てきて最終的には同級生皆揃っていつの間にかボクは居酒屋にいた。
なんの集まりかは教えてもらえずに、とにかく飲め、と勧められた。最近の不満だとかなんとかが積もっていたこともあってか、ボクはいつも以上に勢いよく飲んでいた。
更に、中身がなくなれば次々コップに色々なものが注がれる始末。その結果、ボクの限界はいつもよりはやく、きた。
これはなんなんだ、と考えていたのは途中まで。いつのまにかボクは机に突っ伏してそれなりに長いこと眠っていたらしい。
らしい、というのは起こされた時にはそこに日向クンしかいなかったからだった。
帰るぞ、という日向クンに他の皆は?と尋ねると、深い溜息と一緒に「二次会」と一言返された。
日向クンは多分ボクの世話係として任命されたのだろうと思う。放ってくれても良かっただろうに。本当にお人好しだ。
二人、歩いているうちにボクの家についた。
玄関の前、かちりという解錠の音。
扉を開けると暗くてしんと静まり返っている。
「ありがとう、」
ここまで送り届けてくれた感謝を伝えて、ついでに上がっていく?と誘いをかけたけれど日向クンは当然のことながら首を横に振った。
迎えにいくから、と。本当に律儀なことで。
「今度お礼するよ」
「お前のお礼怖いから程々で」
そういって、日向クンはひらひらと手を振ってきた道を帰っていった。
それを、見えなくなるまでぼうっと見送って、ボクは家の中へと足を踏み入れた。
鍵をかけた時に、気付いた誰かの気配。
── 誰かがいる。
そっと息を殺して、ボクはその方向へと向かった。
酔いなんて一気に醒めてしまった。頭の中に様々な可能性が浮かんでいく。
いつも持っているナイフへと手をあてながら、ひたひたと廊下を進む。
何かあったらすぐに取り出せるように。複数だったらどうなるかはわからないけれど、一対一ならば負けない自信がある。
見知らぬ誰かさんがいるのは、どうやらリビングらしい。
そっと覗きこんだ暗い部屋の中、ぼんやりと見えたその姿にボクは固まった。
「……まこと、くん?」
ボクの声を聞いて、まことくんははっとしたようにこっちを向いた。
そして、電気を付けて少しだけ罰が悪そうに笑う。
「凪斗さん、誕生日おめでとう」
ぱん、とクラッカーの弾ける音と一緒にボクへと紙リボンが振りかかる。
いきなりのことに、今一整理のできていない頭で考える。
誕生日、誕生日?
「……」
黙ったままのボクへと、まことくんはくすくすと笑う。
「誕生日、多分凪斗さん忘れてるだろうなって思ってたから」
忘れていた、というよりも頭から完全に飛んでいた。
もともと、自分の誕生日なんて特に嬉しいことでもない。あの頃は、それなり、というよりもずっとずっと嬉しい日だったけれど。
ボクを祝ってくれる人なんて、それこそ恋人であるまことくんぐらいしかいない。
そのまことくんだって、あの頃の記憶が全部戻っているわけじゃないから、ボクの誕生日なんて覚えてないだろうと思っていたのだ。
「……知ってたんだ」
ぼそり、とボクは呟くとまことくんは少し困ったように笑った。
思い出したわけじゃないんだけど、と彼女は呟く。
「でも、こないだボクのは祝ってもらったのに……凪斗さんの日もお祝いしたかったんだよ」
だから、今日は一日お休み貰ってます。と笑うまことくんの言葉に、最近の彼女の忙しさの理由を知った。
最近のまことくんは忙しくて、連絡が取れない日が続いていた。
まことくんの携帯に何故か霧切さんや十神クンがでるぐらい、最近のまことくんの仕事の量は多かったらしい。
それもこれも、今日という日を一日空ける為、ということを知って酷い勘違いをしていたここ暫くの自分を殺してしまいたい。
それを口にすれば、悲しい顔をさせるだけ、ということを知っているからいわないけれど。
沢山の言葉が喉元までのぼっていて、だけどでてこない。
感情とセットになったそれらを口にして、落ち着いていられる自信なんてボクにはなかった。
「ありがとう……」
だから、ボクはただ感謝の言葉を口にするだけだった。
そんなボクをみて、サプライズ成功したみたいでよかった、とまことくんはにっこりと笑う。
「日向クンたちにも協力して貰ったんだ」
その言葉に、朝からの様々なことが思い出される。
それと同時に、不可解だった点に関しても色々と合点がいった。
パズルのピースを埋めるように、今日の出来事を頭の中で整理していたボクを、まことくんはじっと見つめていた。
それに気がついて、その大きな目を見つめ返す。
どのくらい見つめ合っただろうか。そっと、息をついてまことくんはその大きな瞳を潤ませて呟いた。
「……生まれてきてくれて、ありがとう。生きていてくれて、ありがとう。また凪斗さんとあえて、こうやって一緒にいれてボクは本当に嬉しい」
また、あえて。一緒にいられて。
その言葉の中にある意味。それに気付いた時に、ボクの中はただ一つの言葉で埋め尽くされていた。
目の前の小さな身体を抱きしめて、その首筋に顔を埋める。
ぎゅうぎゅうと力を込めて抱きしめる。
「まこと、くん、まことくん……」
その温もりを抱きしめた時に、さっきまでとは違う、何かが込み上げてきた。
幸せで全身が震えて、言葉さえまともにでてこなくて。
それでもボクが名前を呼ぶ度に、まことくんはうん、うんと小さく頷いてくれていた。
好き、も愛してる、も本当の気持ちだけれども、今のこの想いはそんな言葉じゃあらわせなくって。
ただ、誰より大切で愛しい人を抱きしめながら、その名前を呼べる。そして、それに応えてくれる人がいる。
それは、とてもとても、幸福で、尊いものだとボクは改めて知った。
*